人と話したい引っ込み思案な僕だから

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最近よく思うことを、昨日更に深く思い込んだので、少し書こうと思います。

 

僕は生まれながらの人見知り気質で、あんまり自分から人様に声を掛けることができません。

仲の良い友達であっても上手く言葉が出てこないときもあるし、自分の身近な出来事のことを話せないときもあるし、複数人になるとそれは顕著になります。

そうするといつも質問待ちの態勢になってしまうのですが、それではいけないよなーと常々思いながらも、突っ込みきれない自分がいます。

 

さて、そんなような僕ですから、仲が良くも悪くもない、つまり単なる知り合い相手になると、それこそ上手く接することができません。

なんなら全くの初対面の方がいくらかマシで、少し知ってる間柄くらいが一番身構えるかもしれません。

 

でも、僕自身は人との関わりが好きなのです。

一人になりたいときもそりゃあるけれども、基本的には誰かに僕のことを認識していてもらいたい。

要するに引っ込み思案の構ってちゃんなのです。

 

だから常に誰彼に対して意識が働いていて、なんなら「もっと話し掛けてくれてもいいのにな」だなんて思っている自分がいます。

それを昨日、とある社交の場で気付いたのでした。

 

だけれどもね。

 

当たり前のことだけれども、それは自分からいかなければいかないってなものでしょう。

話し掛けてもらいたいなら、話し掛けなければいけない。

自分からいかないから、相手も「この人あんまり話し掛けてほしくないのかな?」などときっと思ってしまうのでしょう。

そうするとお互いが遠慮してしまって悪循環です。

 

それはその社交の場が終わったあとで思ったものでしたから、結局その働き掛けはできなかったのだけれども、次の何かの機会にはもう少しだけでもこっちから相手に対するこの内なる思いをさらけ出せたならなと思いました。

 

わかりやすく言えば

「あなたが好きだ」

という思いが滲み出てるかどうかなのでしょう。

その好きがラブであろうとライクであろうとどちらでも良いけれど、とにかくは「僕はあなたに興味がある」ということをまず理解してもらって、そこから育む関係性というものがあるのでしょう。

 

そう考えるとこれまでの僕は、むしろ反対に「あなたには興味がない」というような態度を取っていました。

もちろん僕自身は興味がないことはなくて、むしろその人と喋りたい気持ちが強くあったりするんだけれども、結局は話し掛けることができないから、気まずい雰囲気を誤魔化すように素知らぬ顔をして過ごすのです。

そんな自分に興味のなさそうな相手に話し掛けようだなんて、やっぱり誰も思いませんものね。

 

でも「好き」を伝えるのって難しい。

あるいは「興味」とか「関心」とか、ですか。

一番辛いのは無関心で、無視されることですからね。

 

僕は多分、何人かの人に無視しているように思われているかもしれない。

どうやったら距離を詰められるものかしら。

 

いろいろやってみよう。

 

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