人間にミミズ的な要素はあるのか、人間の身勝手さについて
2020/05/19
こんにちは。
本能云々の話で思い出したのですが、僕の母が面白いことを言っていたことを思い出しました。
「ミミズは脳がないのに生きている」
「それはつまり悩以外の何かしら、例えば遺伝子にその生き方が刷り込まれているのではないか」
「ともすると、人間にも同じような何かがあるような気がする」
みたいなことを言っていたのです。
もちろんこんな喋り方ではないですが、内容はおおむねこんなようなことです。
改めて書き出してみると、発想が親子ですね(笑)。
ただ、実際のところはどうなんでしょうね。
確かに脳がない生き物っていっぱいいると思うんですが、脳がある生き物も、脳がない生き物と同じような何かがあるのでしょうか。
脳がありながらにして、脳がないながらの彼等のような要素も持ち合わせているのでしょうか。
もしそうなのだとしたら、僕達は脳だけによって生きているわけではない、ということになると思うのですが、脳がない生き物のその遺伝子部分(専門的になんと言っていいかはわからないけれど)が発達して出来上がったのが脳かもしれません。
つまり、人間は長い年月を掛けて脳を発達させてきて今こうして地球を牛耳ってるわけですが、もしかしたらその脳自体も発達によって得たものかもしれませんね。
ともすると、他の動物も長い年月を掛けたらこのまま脳が発達することはありえるのでしょうか。
例えば頭が良いと判断された犬と犬が子供を作ったとしたら、その犬はより頭が良いということになるのでしょうか。
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昔ジャンプに『魔人探偵脳噛ネウロ』というマンガがありましたが、そのマンガに似たような事例のキャラが出てきましたね。
「悪意を持った者同士が子供を作り、より悪意を持った人間を作っていく」
っていう家系のやつ。
つまり悪意のサラブレッドということですね(よくわからん
馬なんかはそういう傾向にあると思うのですが、脳の発達具合ってでも遺伝子的にどうなんでしょう。
影響するのかな。
影響しないってとある本に書いてあったけれど、いわゆる「地頭」というものがあるような気もします。
まあそれはいずれ調べるとして。
あ、でも脳噛ネウロでもう一つ似たような例を出していましたね。
「人間は脅威を感じる動物を殺す」
という話。
つまり、犬でも熊でもいいですが、何かしらの動物が脳を発達させたとき、それは人間にとって脅威だろうということです。
頭の良い猛獣ほど怖いものではないですからね。
だから、そう感じたら人間はその動物を根絶やしにするだろう、という話。
つまり、次が育たない。
『RADWIMPS』の野田さんも「おしゃかしゃま」という曲で、神の如く自分勝手で身勝手な人間を痛烈に皮肉っていましたが、考えれば考えるほど、やっぱり我が身が可愛いんだなと思うばかりです。
でもだからと言って、それがダメとも思わない。
だって、やっぱり自分が可愛い。
自分でなくとも、家族や友人を脅かす獣がいるのなら、それはやっぱり駆除してほしい。
と思っちゃう。
それが人間としての本能だと思います。
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もちろん本当に身勝手だよなと思うこともあります。
一時、アフリカのサバンナでハントをするビジネスが流行って物議を醸しましたが、じゃあ「釣り」は何故物議を醸さないのでしょうか。
ライオンはかわいそうで、魚はかわいそうではないのだろうか。
もちろん食うか食わないかとか、数が多いか多くないかとか、いろいろ踏まえた上での議論だとは思うのですが、じゃあ数が多くて食べるのが前提ならばライオンをハントしてもオッケー?
猫もオッケーで、犬もオッケーなの?
なんなら人間もいいんでしょうか?
子供の屁理屈のようですが、でも突き詰めるとそういう話になってしまいます。
みたいなことを言うと
「お前も牛とか豚とか食ってんじゃん」
という人がいると思うのですが、それは論点がズレていると思います。
人間社会を回すために、有り難く生き物の命を頂戴するのは仕方がない。
僕達も同じ生き物で、食べていかなければならないですからね。
でも先のハントとか釣りに関しては、趣味の話です。
趣味として、どこまでじゃあ生き物を狩っていいんですか?という話です。
僕も小学生のときとかによく父に釣りに連れて行ってもらいましたが、そんなようなことを考えるようになってからは、もうずっと釣りに行っていません。
自分の中で納得解が出ないからです。
要するに、お魚さんがかわいそうだ、と思っちゃう。
と、だいぶ話が逸れてしまいましたが、悪い意味で「人間は身勝手だよな」と思うこともあるという話でした。
生き物として仕方のない身勝手さもあるけれど、そうではない身勝手もある。
僕は前者に留められるように生きたいなーと思う今日この頃です。
完