6.「一周回って面白い」ということと人生観の話

6.「一周回って面白い」ということと人生観の話

ところで、

「一周回って面白い」

とは一体どんなことを言うのか、少し考えてみたいと思います。

 

まず面白さという概念がメーター式であると仮定します。

こんな具合です。

面白いとこっちに動きます。

つまんないとこっちに動きます。

 

さて、最高につまんないと、当然限界ギリギリまで行きます。

もっと行きたいんだけど、限界があるからブルブルしてしまいます。

 

これがZ級映画レベルになると、限界を突破して反対側に行っちゃうんですね。

つまり最高に面白くなってしまうのです。

 

これがぼくなりの一周回るという概念です。

正確には一周してないわけですが、あくまでもイメージなので大目に見てください。

 

しかしながら、この限界を突破するには少しだけ訓練が必要です。

というのも、Z慣れしていない大体の人は「-3」のところに強力なストッパーがあると思うのです。

 

じゃあどんな訓練が必要かと言えば、「全部楽しんでやろう」という気構えを持つこと、つまりただの精神論です。

しかしこれがバカにできない。

 

できる限り意識的に、メーターの針を左に傾けておく。

そうすると、ある程度の面白さのある映画であれば、そのままストンと3に落ちやすくなります。

 

Z級映画みたいなものであれば、少し左に寄った分マイナスに行くのに勢いがついて、-3のストッパーをぶち破りやすい。

 

とは言え、普通につまんない映画もあります。

もちろんそれは「ぼくにとって」ということになるわけではありますが、そうするとどうしても中途半端に右に引っ張られます。

そしてそのまま帰ってこないこともあります。

これがつまり一番つまらないパターンですね。

Z級くらい吹っ切れていたら一気にバチコーン!って一周するんですけど、なんなら二周くらいするんですけど、中途半端だとつまらないまま終わってしまうということがままあります。

 

なお、これはあくまでもわかりやすく可視化したものであり、正確なメーターではございません。

実際には面白さにもいろいろな定義ありますし、感動とか興奮とか悲しみとか切なさとか、いろいろな要素があってこそのものであって、そのどれに感情を揺さぶられるのかというのは当然人それぞれ違うものです。

ぼく自身、この考え方に当てはまらない映画もいっぱいあります。

 

面白いか面白くないかだけじゃあないんだよね、映画って。

 

いくつもメーターがあって、それはまるで飛行機の運転席のようなもので、実際にはこっちのメーターが左に触れて、あっちのメーターは右に触れたりして、常にあっちでもないこっちでもないと動いているものかと思われます。

そのメーター達が最終的にどこに落ち着くのか、それはやっぱり観てみないことにはわからない。

そしてそのメーター具合を文章化するのはとても難しい。

 

だから、仮にぼくが何かの映画の感想を書いたとしても、話半分程度に聞いてほしいと思います。

それは、どれかのメーターの一部分を語っただけに過ぎない可能性があるからです。

 

そして、ぼくとあなたで同じようにメーターが動くわけはないからです。

ぼくにはぼくなりの映画観がありますし、あなたにはあなたなりの映画観があることでしょう。

 

みんな違う飛行機を運転していて、そこから見える景色は当然違います。

向いてる方も、行く先も、行けるところも、行ったところも、見えるものも、見てるものも、見たいものも、見えないものも。

 

 

まあこれは映画に限った話ではないですね。

 

自分で積極的に運転して、できるだけ広い世界を見ること。

その手段が勉強であっても映画であってもかまわない。

そういうようなことを、もし自分に子供ができたら伝えていきたいなー(唐突)。