もう古い?現代の日本人が率直に見る『ゾンビ』(感想)

もう古い?現代の日本人が率直に見る『ゾンビ』(感想)

昨日は『ゾンビ』という映画を観ました。

 


1979 Dawn of the Dead (Zombie)

 

ゾンビが題材の映画は数多くあると思いますが、ゾンビ映画の火付け役となったのはこの映画、と何かで聞いたことがあります。

全てのゾンビ映画はこの『ゾンビ』を踏まえたものであり、この『ゾンビ』があるからこそ、今日のゾンビ映画あるのだと、そんなような映画なのだと勝手に解釈しています(実際のところはわかりません)。

 

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娯楽としての役割は終えた映画

しかしながら、誤解を恐れず言うと、もう娯楽としての役割は終えてしまったような映画でした。

というのも、お話もあってないようなものだし、ゾンビはノロくて弱いし、全然怖くないし、てんで死ぬ気がしない(爆)。

オチらしいオチもなく、特に風刺みたいなものも感じられない(少なくとも現代の日本人の価値観では)。

 

ともすると、正直なことを言うと、もう現代人には楽しめる要素がないように思うのでした。

ワクワクの展開もないし、ドキドキの展開もないし、考えさせられるようなこともない(探さないと気付かない)。

もうぼく達は、レベルの上がった質の高いお話に慣れてしまっているし、怖い怖い演出にも慣れているし、もっと気持ちの悪いクリーチャーもいっぱい知ってるし、いろいろなことを考える場も多くなりました。

そういった意味から、『ゾンビ』はもう娯楽としての役割はないんだろうな、と思ったのです。

 

古典として観よう

だから、これはもうクラシック。

古典と言ってもいいかもしれません。

いろいろな面でもっとハイクオリティな映画に慣れてしまった現代人には、確かに感じることは少ないかもしれない。

けれども、これがなければ始まらない。

これがなければ、今日のゾンビ映画のクオリティはなかったかもしれない。

もっと全然違ったものになっていたかもしれない。

この映画があったからこその今のゾンビ映画であろう、と。

 

そういった意味ではいろいろなことを感じるし、感慨深いものもあります。

それは「映画としての純粋な楽しみ」ではなく、映画好きとして「映画の歴史を楽しむ」という意味でです。

一映画としてではなく、映画界全体を俯瞰して見たときの作品の楽しみ方、ということですね。

 

もちろん、ぼくが70年代に生きていたら印象は全く違っていたでしょうが。

 

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調べてみたら……

などといろいろ書きましたが、調べてみたら、『ゾンビ』の前に『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』という映画があって、こっちの方が

「全てのゾンビ映画はこの作品から始まった」

と言われてるみたいでした(爆)。

いやはやお恥ずかしい。

先に調べておくんだった。

まだまだ勉強不足ですね(そもそも勉強してないけど)。

 

でもまあ純粋に思ったことは本当に途中まで書いたことだったので、一感想としてそのまま残すことにします。

 

ワンパンで倒せるゾンビは怖くない!

走ればすり抜けられるゾンビは怖くない!

習性を生かして一箇所に集めればいい!

囲っちゃえばいい!

どうしてあんなに増えるまで放っておいたのか!

 

なんて、今後自分の身に同じことが起こったときのことを考えて、今から対策を練るのでした。

 

君は身内を撃つかい?

ちなみに

「ゾンビと言えど身内を撃つことができるだろうか」

ということを考える人を見かけましたが、ぼくは撃つ。

泣きながら撃つ。

ゾンビとして彷徨うほうが辛かろうという判断のもと撃つ。

でなければその身内はぼくを食うわけであり、本人としてもそれは痛ましかろう。

そしてぼくも痛い。

心も、体も。

一緒に犠牲になることを美と感じる人もいると思うけれど、ぼくはそうは思わないので撃つ。

 

「さっさと失せろ、ベイビー!(泣)」(ぼくは涙を流せる)

 

 

 

“BANG !”