『ブレードランナー 2049』のことを語る自信がない(感想)

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2017 Blade Runner 2049

『ブレードランナー 2049』観てきました。

 

こういう芸術よりの、かつ人気作品の続編である映画の感想を書こうと思うのは、かなり重い腰を上げなければならないなーというのが正直なところです。

いろいろな角度から語れるけれども、その全てを詰め込めばいいってもんでもないですし、もとより上手くまとめられる自信もないですしね。

深いし、広い。

 

だから、あんまり考え込まないで、言いたいことバーって書いていきたいと思います。

 

そもそも『ブレードランナー』って何よ?という人は、こちらの記事をどうぞ。

「『ブレードランナー』ってどんな映画んなー?(テキトー)」

 

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さて、オーソドックスにまず面白かったのかどうなのか、というところから言及しようかな。

うん、面白かったよ。

ぼくは結構楽しめました。

まあ長いなーとは思いましたけれどもね。

 

長いということはそれだけ情報も多いということになります。

主人公のKに始まり、旧型だのなんだのというレプリカントの存在・意義、ジャレッド・レトが経営する会社(違うか)、かつてのブレードランナー ハリソン・フォードがすっかりおじいちゃんになったこと(違うか)、ホログラムの彼女、上司、子供、ホログラムの裸の女の人(あんた誰)、などなど。

いくつもの情報があり、複雑に絡み合い、なんなら前作『ブレードランナー』のことも考えなくちゃいけなかったり、事前に見ておくべきとされる3つの短編映画(?)のことも思い出したりと、頭の中が忙しい。

その全てを処理できたかと言われると、やっぱりそんな自信はない。

 

そうだ、ぼくは自信がないんだ。

だから、この映画のことをはっきりと語れる自信もないわけです。

元も子もない話になりますが、それだけ、それほどの映画だということです。

 

少なくともぼくはそう思っていて、だから、映画の、全てのこととは言わずともほとんどのことに意味が隠されていると思うのですが、例えば意味のわからないシーンがあったとしても、自信がないゆえに、それは自分の理解力が足らないからなんだ、という発想になるのです。

「今のはどういうことなんだろう?」

と思っても、それはぼくの考えが及ばなかっただけなんだ、と。

 

一方で、

「あのシーンいらなくね?」

「あのキャラ出てきた意味なくね?」

「意味わかんなくね?」

「つまんなくね?」

というような感想の人もいるようで、そのことに少し疑問を感じます。

 

そういうえばクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』の感想にも

「意味がわからない」

「みんな理解できたの?」

「つまんなくね」

みたいなのがあったことが思い出されます。

 

ぼくは、意味がわからないところがあったら考える、というのが映画の醍醐味だと考えます。

もちろん頭すっからかんで、観てるだけで楽しめるポップコーン映画も嫌いじゃありませんが、意味がわからなくて、その意味がわかりたくて、映画のことを、映画が観終わったあとも考えることが好きなのです。

考えた結果答えが見付からないこともあるけれど、それもまた一興、また観たらいいじゃないか。

そもそも答えなんかないこともありますからね。

監督のみぞ知る。

 

ぼくにとってその最たるものは『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』という映画だったのですが、まあその話はまたいずれ。

 

とにかく、わかんなかったからって意味がないだなんて決め付けてしまうのは勿体が無いと思うのです。

総じて

「この作品、嫌いです」

という感想に行き着くのであるならば、人それぞれ好みがありますから、それは仕方のないことですが、ただ意味がわからない、意味が見出せないくらいのレベルだったら、もう少し自分から映画に歩み寄ってみてもいいんじゃないかな。

せっかく観たんだし、どうせなら楽しみたいじゃん?と。

 

あれ、全然映画の感想じゃないや。

 

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まあでもそれくらい芸術よりの映画だと思いました、ということでしょうか?(知らん

芸術というのはえてして大衆に理解されないものである、がはは。

 

あとそうそう、

「『ブレードランナー』の世界観が好きだったのに、今回はちょっと違ってて残念だった」

みたいな話もあるようでしたが、言うて30年経ってるわけですからね。

まあ多少はね。

 

30年前の日本だって、ねぇ?

ぼく生まれてないよ?(知らん

 

1987年ですか。

まだバブってたのかな?

 

科学技術の進歩っていうのはまた加速度的に進むものですから、1987年から2017年の30年間で起こった時代の変化と、2017年から2047年になるときの変化というのは、比べものにならないくらい大きな差があることでしょう。

ブレードランナーの舞台も、2019年から2049年になったわけですからね。

多少はね。

 

そのわりには映画では昔ながらの機械を使っているようでしたが、果たしてぼく達は30年後もポケベルを使ってるだろうか。

 

んなこたない。

 

今も使ってないよ!つって。

 

でもテレビはまだあるよね。

 

洗濯機も。

 

車も。

 

お金も。

 

なくなるのかしら。

 

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