老いが怖い人は疲れなさい(最近の本のタイトル風)

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その他にも、東京の街を7時間歩いたという話を後輩にしたら、

「ゆきちさんの体力は宇宙ですね」

ということを言われました。

 

もちろん宇宙ではない(知ってる

ただ、身体的に疲れることに抵抗感がない、ということは言えるでしょうか。

 

これは前にも書いたことがあったと思うのですが、改めて書いてみようと思います。

疲れてなんぼだろう精神。

 

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能力低下の理由は老いだけなのか

ぼく達人間は、多くの場合、高校を卒業したあたりから

「もう体が動かない」

「年取ったなー」

「昔は無理できたけど~」

みたいなことを口々に言うようになります。

 

昔のように元気じゃないのは年を取ったからなんだ、とでも言わんばかりに。

でもぼくはそうは思わなくて、体が元気じゃなくなるのは年のせいなんかではなく、単純に体に負荷を掛けなくなるからだと思っています。

 

というのも、高校生だと部活動をしてる人も多いし、通学は自転車という人も多いでしょう。

バイトしてお金を稼いで、友達と夜遅くまでアクティブに遊んだりもするでしょう。

そうやって体に負荷を掛けて、常に限界を超えようと体は頑張っていたと思うのです。

 

筋トレと一緒ですね。

筋肉は使わなければ落ちる一方です。

でも鍛えて負荷を掛ければ、筋肉痛の後に筋肉の成長を図れるのはご周知のとおりです。

 

高校を卒業した辺りから、全く運動しなくなるという人は少なくないでしょう。

だから、その辺りから能力が低下する人が多く、

「もう年だから」

とか冗談交じりに言うようになるのだと思います。

 

そして年を取れば取るほど、本当に老いが表れます。

時の流れには抗えないですから、老いに関しては受け入れるほかないわけだけれど、だからと言って放置しておいていいということにもなりません。

ただでさえ老いで能力が低下するのに、放っておいたら余計に低下してしまうというものです。

 

職場の主婦に言いたかったこと

ぼくの仕事はわりと体を動かすので、身体的に疲れる場面が出てきます。

そうすると職場の主婦なんかは

「もう体力的にしんどくなってきた」「辞めようかしら」

みたいなことを冗談交じりに言ったりします。

 

そうしたときにぼくはポロッと言ってしまったのです。

「でも辞めたら体力落ちちゃいますよ」

と。

 

そうしたら

「年寄り扱いしないで!」

と言われてしまいました。

 

ぼくは「しまったな」と思いましたが、でもぼくが言いたかったのはもちろんそういうことではなく、あなたがいくつなのかなんてことは関係なしに、使わなきゃ能力は低下するのが生き物なんだから、しんどいことを理由にしんどいことから逃げてしまっては、能力低下は著しくなりますよ、ということが言いたかったのです。

それはもちろんぼくも一緒です。

いいえ、誰でも。

50だろうが40だろうが、30だろうが20だろうが関係なく、動かなきゃあ筋力は低下するし、そのくせ贅肉は付くというものです。

 

筋肉痛くしたい

だから、ぼくは体を動かせるものなら動かしていたい。

多少無理もしたい。

そんな風に考えています。

 

ギターを弾いたら左手の筋肉を痛くしたい。

右腕の筋肉も痛くしたい。

 

ピアノを弾いたら指の筋肉を痛くしたい。

 

ドラムを叩いたら腕の筋肉を痛くしたい。

脚の筋肉を痛くしたい。

 

そんなメンタリティで生きています。

 

仕事はそこそこ長く続けていて、その仕事に適した筋肉が今ムキムキに付いてるのですが、いまだに頑張り過ぎて筋肉が痛むことがあります。

当然、全く老いだとは思っていなくて、また一つ筋肉が成長しようとしているぞ!ムフフ!くらいに思っています(キモイ

 

そうやってずっと、ぼくはこの体で元気に生きていきたいの。

 

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まだまだこれから

だから、そこに意味性さえあれば7時間歩くことくらい屁の河童。

体力的にはしんどかったけれど、精神的には全くしんどくありませんでした(翌日は流石に足が棒だったのであれでしたが)。

脚の筋肉がガクガクで、帰ってからは産まれたての小鹿のようだったけれど、むしろこれでいい。

筋肉痛になるくらいが丁度いい。

 

後輩の言うように、決して宇宙的な体力は持っていないけれど、目指すところは宇宙なのかもしれません(謎

 

まだまだ若いもんには負けんぞい(じじい

 

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