頭の中はキッチンという考え方

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知識云々と言えば、知識の確かさを精査できない問題もあります。

例えば本を読んでいろいろな知識が書いてある。

確かに素晴らしく、目からウロコ的なことが書かれていたとしよう。

でもそれが本当に正しいのかを、僕達一般人はなかなか精査できないと思います。

 

例えば「糖質制限」なんて言葉があります。

糖質こそが悪であり、太る原因は糖質だけにあるのである。

その他のたんぱく質、脂質は一切太ることには関係がないのだから、いくらでも食べてオッケーなんだぜ!フー!ということが書いてあったりします。

でもそれが本当かがわかりません。

本になってその情報が書かれていると「そうなのか!」と思えてくるけれど、冷静に考えると本当にそうなのかしら。

本当に糖質だけを気にしていればいいのかしら?

そんな疑問が浮かんだとしても、確かめようがない。

 

一方で、「フルーツ健康法」みたいな本もあったりするから困ったものです。

フルーツなんてのは糖質の塊みたいなものだと思うのですが、ともすると糖質制限推奨派からしたらとんでもない健康法です。

でもそういう「フルーツ健康法」的な本を読むと「私の周りではこんなにも多くの人が健康になりました!さあ今度はあなたの番です!」くらいの勢いで推奨してくる。

 

要するに、正反対のことを言ってる人が本当に多い。

それが書籍になったりしてるわけであって、どちらにも信憑性がありそうにも感じられるんだけれど、どちらも間違いのようにも思えてくる。

 

朝飯は抜いた方がいいという人もいれば、食べた方がいいという人もいる。

目を良くするためには眼球運動が大切だという人もいれば、眼球運動なんてしたら眼球が傷付くよという人もいる。

ランニングをしよう!ランニングなんてやめなさい!

成功者はみんな朝方人間、成功者はみんな夜更かしをしている。

睡眠のゴールデンタイムを守ろう!睡眠のゴールデンタイムなんて実はない!

 

ありがたいことに知識はいくらでもあるけれど、困ったことに知識があり過ぎる。

 

この知識があり過ぎる問題をどう解決すればいいのかと言えば、きっと知識を得ることをどこかで一旦止める必要があるのだと思います。

というのも、昔の人は延々と頭の中で考え事をして、行くとこまで行って、哲学者になったりしていたわけですよね。

僕達現代人はその「考える時間」というのがあまりにも少ないのではないでしょうか。

どの情報が正しいんだろう、どの知識が正しいんだろう、そうやって答えばかりを探すようになっていて、自分で考えるという時間をあまりにも設けていないのかもしれません。

 

実際、どこかの誰かは「本なんか読むな!考える時間がなくなる!」と言っているそうです。

なるほど、一理はあるか、と思います。

「知識太り」なんて言葉もあるとおり、雑学王・ウンチク王ではあまり意味がないと思うのです。

 

前にも脳の中のことを僕は「キッチン」で例えたことがあります。

情報・知識は材料であり、考えることが調理である、と。

 

材料だけ持っていても調理ができなければ、ただその材料を提供することしかできない。

あるいは調理に失敗してしまう。

 

反対に調理だけできても材料がなければ、どっち道美味しい料理は作れないだろう。

あるいは材料が腐ってたら美味しくならない。

 

そんなような主張です。

 

我ながらその考え方自体は間違っていないと思っていて、ともすると、確かに材料だけの状態では意味がないと思うし、それと同時に調理上手なだけでも不十分だと思います。

だから「本なんか読むな!」というのは一理はあれど、賛成はできない。

でも確かに大事なことでもある。

 

話を少し戻すと、つまり僕達現代人は材料となる情報・知識を集めることに注力しがちになってるのだと思います。

丁度学校教育がそういうようなものになっているからでしょうか、そういう風に育てられていると言ってもいいかもしれません。

 

だから一旦それを止めてみて、そろそろ持ってるもので調理をしてみてもいいのかもしれませんね。

 

例えば糖質云々の話で言えば、実際に自分で食って試してみたらいいのだと思います。

糖質をカットしてみたらいいのだと思います。

それで様子がおかしかったらまた食べてみたらいいのだと思います。

あるいは糖質だけが太る原因だと言うのなら、じゃあ卵食いまくってやろう、みたいなのもありだと思います。

昔は「卵は1日1個まで」みたいなことが言われていましたが、それも最近は関係ないと言われています。

 

が、この「言われています」というのも確かめようがないのが悩ましいところです。

本当かいな?ってね。

 

いずれにせよ、そうやって考えて試してみる(調理してみる)段階があってもいいのではないでしょうか。

 

ちなみに僕のこの文章は冷蔵庫から材料を取り出して調理したものになります。

何も大したことは書いていませんが、とにかく記憶頼りの文章です。

さしずめブログを書くということは、調理の練習になるのかなと思います。

 

頭の中でトントントン、トントントンってなもんです。

それを焼くのか、煮込むのか、炒めるのか、茹でるのかは書き手次第。

 

はい出来上がり。

いかがなもんでしょうか。

お口に合えば幸いです。

 

なんて。

 

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