自分の意思で、人生を良くする為にできることをしよう

この記事は2分で読めます

もう良い子の僕は寝る時間なのですが、一つ思い付いたのでもう一筆したいと思います。

 

最近、とあることをきっかけに、僕のメンタルが大きく変わることがありました。

その結果、またこうしてブログを書くことになったと言っても過言ではない、僕にとっては大変に重要な影響があったのです。

 

それはどんなメンタルの変化かというと、元々頭の片隅にはあったアイディアに、急にひらめきを抱くような、そんな変化です。

もっとざっくり言えば、「AよりもBの方が絶対にいいに決まってる!」と思ってたことが、急にふと「やっぱりAの方がいいじゃん」と思い至るような、そんなようなものです。

 

今回のそのメンタル変化(パラダイムシフトと言ってもいいでしょうか)が良いものであったかは、結果の出てない現段階ではもちろん分からないんだけれども、今は「良いものである」と信じるほかありません。

 

でも「悪いものである」という可能性ももちろんあります。

 

それは今のところはわからない。

わからないんだけれども、でもそうやって考えると、知らず知らずの内に何かしらのきっかけが「悪い」という方の気持ちの変化が生じてる可能性って往々にしてあるんだろうな、と思ったのです。

 

というのも、堕落した生活をしていたらその堕落した状態が「当たり前」になり、更にそこからどん底に落ちていく可能性があると思うんです。

堕落してるからこそ、小さなきっかけでどん底方向にシフトチェンジしてしまう可能性があると思うんです。

 

良くなることもあるだろうし、悪くなることもあるだろうと。

 

今の僕はそういう選択と影響の連続の上で成り立っています。

もっとあの時ああしていればこんなことになってはいなかったかもしれないし、あの時ああしたからこそ今の僕がいるとも言えます。

 

全てのきっかけが良いものであったはずはないし、悪いものであったはずもない。

いろいろなきっかけがあったと思います。

 

そしてそのきっかけというのは、外的要因、つまり自分の意思とは関係のないところからのものによるものもあるだろうし、自らの意思で起こしたきっかけもあると思います。

その「自らの意思」というのがどういうものかと言えば、例えば「本を読む」とかです。

その「本」自体は外的ですが、それを「読む」に至ったのは他ならぬ僕の意思ですからね。

 

スポンサーリンク

 

ともすると、自分が「良い」と思えるきっかけを、自分の意思で起こすことができるんだな、ということに気付いたのでした。

もっとこうしようだとか、もっとああしようだとか、そういうポジティブな気持ちの変化を自ら起こせるのであれば、もっと人生は良い方向に進むのではないでしょうか。

 

反対に、知らず知らずの内に、ネガティブに「これじゃダメだ」「あれじゃダメだ」と思うきっかけをどこかで作っているかもしれない。

本当は「そのまま」で良かったとしても。

 

繰り返しになるけれど、きっかけによる変化が良かったのか悪かったのかは結果が出ないことには分からないことなのだから、都度都度確認することはできないけれど、少なくとも今の自分が「これでいいんだ」と思えるきっかけは自ら起こせるのであれば起こすべきだし、「これじゃダメだ」と思っちゃうきっかけは思い付く限り排除するべきだと思います。

 

その基準も人それぞれで違うし、時期によっても違うでしょう。

だから難しいことだろうけれども、今思う最善を精一杯尽くすほかありません。

 

頑張ろう。

 

なんてことを思い付いたので、ここに書き記しておきます。

明日自分で読み直して何を思うかはわからないけれど、それが良いきっかけだったらいいなーと思います。

 

それではおやすみなさい。

 

ノシ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

スポンサーリンク

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

カテゴリー