『カクテルパーティ効果』と「作業用BGM」
こんばんは。
『カクテルパーティ効果』というものをご存知でしょうか。
よく心理学で出てくる名前だと思うのですが、簡単に言うと
「カクテルパーティのようなガヤガヤした場所であっても、自分の名前や興味のある話が聞こえてくると自然とその音を拾ってしまう」
という人間の反応のことを言います。
僕もそれがカクテルパーティ効果……長いので「カクティ」としましょうか、カクティだと知らずに経験したことがあります。
遡ること小学生のとき。
例えば学校で教室がどれだけガヤガヤしていても、そしてどれだけ離れていようとも、友達の口から自分の名前が聞こえてくるとすぐに反応する子供でした。
「ゆきちってさー(ヒソヒソ)」
「なに!」
「!?」
それをあまりに繰り返すものですから、僕は密かに「地獄耳」と言われるようになりました。
もちろん僕だけが地獄耳を供えているのではない、きっと君達も同じ人間としてカクティできるんだよ(にっこり)と今の僕は思います。
その子達にその実感がなかったってことは、きっとヒソヒソ話されなかったのでしょうね。
それでいうとそんな頻繁にヒソヒソ話されていた僕は一体何をヒソヒソされていたのか、うん、考えないことにしよう。
僕が地獄耳だということは、いつしか広く知れ渡ることになるのですが、「かんちゃん」とあだ名される友達が実験を始めました。
「ゆきちって地獄耳だから、どこで名前言っても反応するんだよ(ヒソヒソ)」
そう、僕はその会話の「ゆきち」も拾っている。
つまりその実験はすでに成功しているんだ。
「見ててね」
「ゆきちってさー(ヒソヒソ)」
その一連の流れを全部聞いてしまった僕は、逆に意識してしまって反応するタイミングを逃してしまいました。
するとすぐに反応しない僕を見たかんちゃんは
「あれ?」
と困惑した声を出すものですから、これはいけないと思った僕は急いで反応してあげます。
「なに!」
「ね?(どっ)」
そんな僕のカクティカルエピソード(なんて
でね、そんなことを思い出して思ったのですが、昨日の「ゲーム音楽」の話ってもしかしてカクティも絡んでくるのかなーと考えていたのでした。
というのも、カクテルパーティ効果とはつまり
「どんな条件下においても自分にとって重要そうである音(情報)を拾う人間としての本能」
であるとするならば、音楽もそうなのかもしれないな、と。
街で知ってる音楽が流れていたらすぐに反応してしまう、なんて経験、誰でもおありでしょう。
ともすると、「作業用BGM」としてゲーム音楽を流していた場合、そのゲーム音楽とやらが自分にとってどれくらいの重要度であるか、ということにも左右されてくるのかもしれません。
あるいは、緊急地震速報なるものとかって、凄く不安になる音ですよね。
あれってまさに心理的に「やばい!」って思わせるように、あえてああいう不安な音になってるのですが、そういう反応が「不安」以外でもあるかもしれません。
つまり「癒し」とか「安心」とか「興奮」とか「愉快」とか。
「この音楽は自分を癒してくれる」
という風に脳が本能的に反応する音楽があるとするならば、
「ほら、作業を止めて音楽に耳を傾けてごらんなさい」
という風に脳が働きかけてきても不思議ではない。
そうやって考えると、益々音楽って面白いなーと思えてきました。
もちろん人間も。
君はカクティ?(いや
完