映画の上映時間に対する思い

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ところで昨日、あんまり映画が長いと尻が痛くなってくる、痛くなり過ぎて爆発してしまう、みたいなことを書いたと思うんですけど(そこまで言ってない

このことについて少し深堀したいと思います。

 

確かに長い映画は苦手です。

苦手って言うか、いろいろとまあ他にもやりたいことがあったりするので、映画だけに長く時間を取られることに少しだけ抵抗感を覚える、というのも正直なところです。

だなんていうと、生粋の映画野郎に「は?それで映画好きとか言ってんのかよ、映画舐めんな!」だなんて舐めた口を利かされそうなものですが(んだとこら!

まあ人それぞれ付き合い方があっていいじゃないですか。

僕は映画が好きだけれど、好きなのは映画だけじゃないのです。

そんな浮気野郎なのです。

 

でね、だからね、本当は映画だけが好きならどんなに長くたって多分観るんだけれど、そうでもなかったりするから困ったものです。

僕にとっては興味のあることが多いこの世界において、ああなんでこんなに映画は魅力的なんだい?なんでこんなに音楽は素晴らしいんだい?なんでゲームはこんなに面白いんだい?なんで本はこんなに興味深いんだい?だなんて思ってしまう今日この頃です。

 

話を戻しましょう。

でもそれでも映画好きのはしくれです。

一応公言するくらいには映画を観てやろうという気構えがあって、それなりに観るようにしているつもりです。

でもついつい長さを気にしてしまう。

 

うーん、これはいけない、とふと思ったことがありました。

 

だから、最近は映画の上映時間を確認しないことにしています。

もちろん後々予定とかがある時はそれまでに終わる長さの映画をチョイスしますが、そうでなければ何分の映画であろうが、観ようと思ったらあれこれ考えず観よう!と思ったのです。

第一、映画を観るにあたって大事なことって、面白そうかどうかじゃないですか。

その「あ、面白そう」と思ったせっかくの感情を、上映時間の長さで挫かれるのはなんだか悔しい。

面白そうと思ったのなら、面白そうのまま観てみたらいいじゃないか。

 

そういうことに気付いた僕は、最近は全く上映時間を確認しないで観るんですが、そうすることによって恩恵がありました。

何かと言うと、映画の展開に全く予想が付かないんです。

 

というのも、例えば映画が120分だとします。

この場合、家でDVDやら動画配信サービスやらで観ることを想定しますが、時計をチラッと見てしまうと、映画を観始めてから何分経ったかがわかってしまいます。

その時もう100分経っていたら、いよいよクライマックスです。

これ以上の事件は起こらなさそうだ、だなんて思ってしまう。

 

逆に確認したときにまだ60分くらいだったとします。

その時お話はなんだか山場のような雰囲気を出していたとしても、あと60分残っているので映画は終わらないことに気付いてしまいます。

ああじゃあこの事件は解決しないんだな、ということがわかってしまう。

 

その時にどう感じるかは映画によるし、人によるだろうけれど、僕は何を思うにしても現実に戻されてしまう感覚があるのです。

大体60分経ったからあと90分くらいか、とか思っちゃう。

この思考が邪魔だったんだな、ということに気付いたのです。

上映時間を気にしなくなってから、そのことに気付いたのです。

 

それに加えて僕は映画の予告も一切見ないので、映画さえ始まればもうトリップ状態。

最近は猫に邪魔されたりしますが、それを除けば現実的な思考はなくなる。

 

そうなると今度は猫の存在が悩ましいのか、うーん。

 

 

まあそれはいっか。

 

 

ともかく、お試しあれ。

 

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