プチ心霊体験を通してぼくの「オバケなんていない論」を説く

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今日職場で、上司と2人っきりの時間があったのだけれど、会話中に急に

「誰だ?」

と上司が怪訝な顔をして言いました。

ん?誰か来たのかな?と思ってぼくもそっちの方を見たのですが、誰もいない。

どうやら物陰に隠れた様子。

しかし、その様子を見ていた上司はとても違和感を覚えたようで、その物陰の方へ駆け寄りました。

 

そして一言。

 

「誰もいない……」

 

!?

 

詳しい説明は省きますが、構造上、誰かがいたとしたら絶対に見失うわけはないのです。

なのに、上司は絶対に誰かいた!と言い張ります。

 

しかし

 

ともすると

 

今のは

 

オバケ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひええええええええ!!!!

 

ということがありました。

 

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ぼくはオバケが怖い

ところで、ぼくは怖いものがとっても苦手。

幼少期の頃から兄や兄の友達に驚かされ続け、ぼくは怖いものが苦手な人間になってしまいました。

子供の頃こそ、例えば怖い映画や怖いテレビ番組みたいなのを、怖いもの見たさで見たりしてはいたのですが、大人になってからはめっぽう弱い。

それに触れてるときのゾワゾワ感はもともと嫌いではないのだけれど、怖くて夜にトイレに行けなくなるタイプなのです、ぼく。

 

いや、トイレに行けないは言い過ぎですが、でも暗がりが怖かったり、死角に誰か立ってるんじゃないか、みたいなことを想像して勝手に怖くなってしまうのです。

それくらいぼくは怖いもの、もっと具体的に言うとオバケが苦手なのです。

 

オバケなんているわけない!とも思ってる

しかしながら、オバケを信じていないという側面も持ち合わせています。

それはどのようにして保たれているのかというと、完全に理性によるところです。

例えば、どうしてオバケは服を着ているのだろうか?みたいなことを真面目に考えます。

そうすると、普通はオバケって裸じゃない?とか、オバケに対するマジレスができるわけです。

マジレスが多ければ多いほど、オバケの存在はあやふやとなり、

「いるわけないでしょ!」

と自分に言い聞かせることができるようになるわけです。

 

他にも、どうして人間のオバケしかいないのか、とか。

もちろん動物系の話もないことはないけれど、じゃあなんで恐竜のオバケはいないんだろう。

そんなことを『いぬまるだしっ』っていう漫画で突っ込まれていましたが、このマジレスをぼくは採用しています。

昔の人間のオバケがもしいるのなら、恐竜のオバケがいても不思議ではない。

恐竜が無理だとしても、縄文人のオバケとかがいても不思議ではない。

そんなことを考えると、オバケはきっといないんじゃないか、と思えるわけですね。

そうするとぼくは安心してトイレに行くことできるのです。

 

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見たことがないから信じられずにいられる

さて、それには心霊体験をするわけにはいきません。

というのも、もしどこかでただの一度でもオバケを見てしまった日には、このマジレス論はたちまち立証されなくなってしまいます。

ともすると、ぼくの「オバケなんていないんじゃないか」という理性による安心はたちどころに消え去り、毎日オバケに怯える日が訪れることになってしまいます。

 

だからオバケさん。

どうかぼくを脅かさないでおくれ。

 

とか言ってる時点で、オバケの存在を認めているような気がする。

しかもナチュラルに。

 

うーん。

 

おじいさんになってもこうなのかな。

 

怖いな(いろんな意味で)。

 

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