『グース』を観て「鳥は何を考えてるんだ」と考える

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というわけで、昨日は『グース』という映画を観ました。

この映画はずっと前から、何かのDVDに予告映像が入ってて気になってた映画だったのですが、この前ふとレンタルショップに行ったら見付けたので借りてみました。

 

ある日、主人公の女の子がカナダガン(鳥ね)の卵を複数見付けて、温めたらヒナが生まれました。

ピヨピヨと、ヨチヨチと少女に付いて行く様は大変愛らしい。

でもカナダガンは渡り鳥ですから、飛び方を教え、飛んで行くべき場所も教えなければなりません。

本当は親鳥が教えるものなんだけれど、この場合の親は少女です。

さあどうしたものか。

 

そこで父がウルトラライトプレーンなる、非常に軽量な飛行機を用意し、その後ろを付いて来させることを思い付く。

でも実際に飛んでみるけれど、全然付いて来ない。

そう、カナダガンは親を少女だと思っているのである。

じゃあ

 

私が飛ぶしかなくない?

 

そうだ、そうしよう。

 

みたいな話。

 

この映画は1996年の映画で、僕の大好物となっている映画です。

と言うのも、80年代90年代の映画が僕は好きなのです。

 

何故かと言うと、CGに頼り過ぎず、様々な工夫を施して実写による撮影がされています。

その本当の意味でのリアルな映像には説得力があるし、今見ても色褪せない。

 

そして、映像による演出にも限界があるので、お話にとても力を入れているような印象があって好きなのです。

斬新な設定の映画とかがいっぱいあって、アイディアに溢れていて好きなのです。

もちろん今の映画にもいろいろなものがありますが、00年代10年代に作られたものと当時のものとではやっぱり毛色が違います。

 

多分自分が生まれ育った年代もかなり影響しているとは思うのですが、僕はあの頃の、映像的にもお話的にもアイディア勝負であった(であろう)頃の映画が好きなのです。

 

で、今回の『グース』も例に漏れず。

もしかしたらどこかはCGが使われているのかもしれませんが、雛鳥にせよ、実際に渡るシーンにせよ、ちゃんとカナダガンで撮影されているように見受けられました。

そしてちゃんと主人公に付いて行く。

これは一体どうやって撮影したんだ?と大変興味深く思いました。

 

だってね、一から覚えさせたのかな?って話じゃないですか。

鳥類が人間の言うことを聞くとは思いませんから、きっと少女に実際に長い期間触れさせて、慣れさせたと思うんですよね。

で、撮影用にきっと何羽も使ってるでしょうから、これは大変な苦労をして撮られた映画なんじゃなかろうか、などと思ったわけです。

そういう背景が垣間見えるのも、この頃の映画の醍醐味かと思います。

 

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お話面に関しては、実際こんなことあるのかなー鳥が飛行機の後を付いて行くことなんてあるのかなーと漠然と思っていたのですが、なんでもこの映画、実話が基らしいですね。

ともすると、本当にこんなようなことをやった人がいたということになると思うのだけれど、鳥って何考えて生きてるんでしょうね(どうした急に

あーお母さんだーわーって素直に付いて行く様は確かに可愛いけれど、あんなでかいものにも付いて行くのならなんかもうお前等動くものならなんでもいいんじゃねぇか、とも思えてきてちょっと面白い。

グワッグワッグワッつって。

 

そして渡り先を教えた後、次の季節にちゃんと帰ってきたそうです。

凄くない?

鳥って何考えて生きてるんでしょうね(二度目)。

なんとなーくの方向に渡って、なんとなーくいた辺りに帰ってくるんじゃなくて、ちゃんと育った場所に、お母さんのもとに帰ってくるなんて愛くるしい。

 

でも野生の渡り鳥はお母さんも一緒に渡ってるはずだから、この場合はやっぱり何を考えて渡り帰ってきたのか気になりますね。

お母さんがいることを認識して帰ってきたのか、それとも生まれ育った場所を認識して帰ってきたのか。

いずれにせよ、動物の本能というものには本当に驚かされます。

 

というわけで『グース』。

動物好きの僕としてはいろいろ思うところあって楽しめた映画でした。

 

動物図鑑でも買おうかしら。

 



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