迷子のようなので原点回帰を図りたい

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こんにちは。

日記にするって言って昨日書きませんでしたね、すみません。

正直なことを言うと、昨日は何も有益なことができなくて、何も書く気にならなかったのでした。

 

例えば最近観た映画とか、最近読んだ本とか、そういったものはいくつもあれど、それが時間の経ったものであればあるほど、今更掘り返して何かを書こうという気には中々ならなかったりします。

日記、と銘打ったからというわけではなく、本質的に僕はそういうタイプで、やっぱりいつまでもどこまでも、僕の原点とも言える文章の書き方は日記になるのかもしれません。

 

これもまた聞き馴染みのある方も多いかもしれませんが、僕が文章を楽しいとはっきりと感じたのは、小学3年生のときでした。

担任の先生が、松岡修造氏を彷彿とさせるほどの熱血教師で、僕達生徒に宿題として日記を書かせていたのです。

毎日です。

毎日宿題があるなんて、小学生にとっては苦行じゃないですか。

いや、小学生じゃなくても嫌じゃないですか。

それは「嫌なこと」であるから嫌なことなんだけれど、でも僕は不思議と日記を繰り返していると、なんだかとっても楽しくなっていったのです。

楽しくなると、当然苦行ではなくなります。

僕は嬉々として書いていて、なんなら設けられた日記を書くプリントのスペースをいつもはみ出してまで書いていました。

書いても書いても止まらない、そんな様子でした。

 

そして、その熱血教師は熱血なんで、ちゃんと生徒一人ひとりの日記に目を通していたのです。

目を通していただけに留まらず、なんなら一人ひとりにコメントをくれたのです。

このSNS時代、誰もが知っているとは思いますが、自分の書いたことに誰かがレスポンスしてくれると、不思議と嬉しいじゃないですか。

そういうつもりで書いたものではなくとも、なんか反応してもらえたら嬉しいじゃないですか。

僕はその感覚をインターネットがまだ当たり前ではないその時代に、その教師によって体験させてもらっていて、毎日書いては毎日コメントをくれるその嬉しさに満たされていたようでした。

 

ちなみに書いていたことは本当に他愛のない、文字通りの日記。

「今日はこんなことがあったよ」「こんな風に思ったよ」

そんなようなことをつたない文章で書いていたのです。

今振り返ると、そんな日常的文章にちゃんとコメントをしてくれていた先生は、本当に偉いなーと思います。

まあ「偉い」というとなんだか上から目線になるけれど、だってそれを生徒一人ひとりにやっていたわけですからね。

特別誰かに確認をしたわけではないけれど、多分僕ほどに楽しく書いていた子はいなくって、普通の子はササッと書いて終わってたと思うんです。

「はい宿題終了」

そんな義務的に書いた日記ほどつまらないものはないでしょう。

でもそういう子にも恐らくちゃんとコメントしていたと思うんですよね。

それが凄いなって今思う。

 

実際、最後の日記を書いたとき、つまり小学3年生最後の日の前日の日記に、先生は

「君の日記を読むのが毎日楽しみだった」「読めなくなるのが淋しくなる」

というようなコメントしてくれていました。

まあ全員に同じコメントしていた可能性も0ではないけれど(笑)、きっとそうではなく、本心で書いてくれたと思うんだよなーといういくらかの自負があります。

もちろんそれは「小学3年生にしては」という条件付きでのことだけれどね。

 

多分、僕も楽しく書いていたから、その楽しさが文章に滲み出ていたであろうから、何かそういう「楽しい」っていう気持ちがちゃんと伝わっていたのではなかろうかと思います。

そのことを今振り返り、そしてやっぱり忘れたくはないものです。

というのも、ブログとして書くべきことと言いますか、恐らく他から見たら「もっとこういう運営していったらいいのに」みたいに思うことってあると思うんだけれど、僕にとってその書き方がつまらないものであるならば、そのつまらなさはきっと文章に出てしまうであろうから、極力書きたくはない。

 

一昨日の「風邪」の記事も、それはそれはもう酷いものでした。

「知識も書いていこう」みたいなことは自分で言ったけれど、いざ書いてみるとまあこれがつまらない(爆)。

全然乗りに乗ってないことがわかるし、楽しくなさそうな文章だし、イメージとして書く方がかえってマイナスのような気がします。

だから、多分もうあの手の文章は書きません。

 

それだったら楽しく書きたい。

じゃあその楽しさってなんだろうと考えると、やっぱり日記であろうと思うわけであって、じゃあその日記ってなんだろうかと考えると、その日に何をして何を考えたかってことなのかなーと思います。

もし仮に何も書く気がしないのだとしたら、あるいは書くことがないのだとしたら、多分その日はなんにもしてない日なんだと思います。

実際は書けることなんて腐り腐るほどにあるんだけれど、書く気にならないんだったら、それはきっとまだ語るべきことはないのでしょう。

それが人によっては甘えのように映るかもしれないけれど、僕は僕なりの楽しさを追及した文章を書いていきたいです。

 

元々は楽しさ重視だった文章が、いつからか求められること重視になってしまって、まるで迷子になってしまったような気がします。

もう少し書きながらいろいろ考えたらば、またまっさらに楽しい文章が書けるような気配がします。

いや、考えれば考えるほどに遠ざかるのかな。

実際のところはわからないけれど、とにかく今は今やれることをやっていこうという気構えです。

そしたらきっと自ずと落ち着くところに落ち着くのでしょう。

 

それでもきっと極みには行き着かない。

 

人生なんて一生迷子なのかもしれませんね。

 

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