元歴史嫌いが歴史をかじって思いを馳せる

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こんにちは。

いろいろなところで書いてるので知ってる人もいると思いますが、僕は小学から高校に至るまでずっと「歴史」というものが苦手でした。

それはつまり授業的な意味でです。

過去に起きた出来事を覚えることに一体なんの意味があるのか、とずっと思ってたし、意味が見出せないから興味も抱かないので頭に入ってこないわけです。

小学生のテストなんてものは、基本的に「テスト勉強」なるものをしなくたってそこそこの点数を取れる程度の難易度だと思うのだけれど、僕はそれでも歴史だけは点数が悪かったことをよく覚えています。

小学生ながらに「これはやばい」と危機感を覚えました。

危機感を覚えたからといって、じゃあ歴史に興味が湧くかといったら当然湧かないんだから、その後の中学高校も赤点レベルで悪かったです。

 

それから大人になって、一体全体どういうわけか、歴史というものに興味を持つようになりました。

長く生きてみると、自分の住んでる世界のことどころか、国のことすらわからないんだな、と思う瞬間っていっぱいあって、それこそ神社のこととかお寺のこととかもわからないし、日本と世界の関係性みたいなものをわからない。

その「わからない」が興味になる歳になったんだな、なんてまるで立派な大人みたいなことを考えた僕は、今までこの世界で何が起こってきたのかということを勉強しようと少しだけ思い立ったのでした。

 

まさに興味が湧いたわけです。

 

もちろん「世界を学ぶ」なんてことは大それたお話で、それこそそういうのは大学生とかが専門で勉強するような大きなテーマだと思うのです。

そこまでディープになれない僕は、手探りながら少しずつ日々世界を広げていくようなイメージで勉強してみてます。

 

でね。

素人ながら思いを馳せたわけなのですが、日本って結構海外から茶々を入れられてるじゃないですか。

日本が日本人でよろしくやってるところに「神ヲ信ジマスカ?」「開国シテクダサーイ」とか来るわけじゃないですか。

果たしてそういう茶々がなかったとき、日本ってどういう国に落ち着いていったんだろうなーと思ったのです。

 

それこそ江戸時代は265年続いたわけですよね。

しかもそれが終わったきっかけが「開国シテクダサーイ」だったわけですよね。

それがなかったらもっと長く続いたのかしら、とか、続いたとしたらその価値観は保たれたままだったのかしら、とか思ったのでした。

 

もし仮にそこに日本人しかいないのであれば、それも十分可能性としてあるような気がします。

それは例えばどこかのジャングルに住む、変わらぬ民族のように。

 

でもその日本の中でだってたくさんの争いがあったわけだし、紆余曲折あっての落ち着いた江戸時代です。

ともすると、今の世界がその昔の日本のようなものだとしたら、どこかのタイミングで江戸時代みたいな世界が訪れるのかしら、と夢見がちな僕は思ったり。

それは世界が広ければ広いほど、人数が多ければ多いほど難しいことであり、そんなことは起こりえなさそうとも思う一方で、じゃあどのくらいの規模ならそれが可能なんだい?

 

そもそも学校は平和なのか。

会社は平和なのか。

家族は平和なのか。

既存のコミュニティと呼ばれるものは平和と言えるのでしょうか。

 

平和ってなんですか。

 

この「世界」と呼ばれる世界は、これからどうなっていくのでしょうね。

次なる歴史は何が残っていくのでしょうね。

 

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