小さな変化による大きな影響を想像してみる

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今日は『ギルバート・グレイプ』という映画を観ました。

若かりし頃のジョニー・デップとか、レオ様ことレオナルド・ディカプリオとかが出てる映画で、1993年の映画です。

 

片田舎(?)で暮らす主人公はいろいろな制約を感じながら変わらぬ日々を過ごしているんだけれど、人との出会いやら環境の変化やらによって、少しずつ、しかし確実に生き方が変わっていく、というような物語でした。

 

「人は環境によって育つ」

とは誰が言った言葉だったか忘れましたが、それは良くも悪くもだと思います。

良い人との出会いによって良い影響も受けることもあれば、悪い人との出会いによって悪い影響を受けることもあるでしょう。

その良し悪しは客観的なものではなく、どこまでいっても主観的なものであると思うのだけれど、少なくとも今思う良いモノとの出会いを求めていきたいものですね。

 

例えば職場に新しい人が入ってくるとする。

それは小さな変化かもしれないけれど、長い目で見た場合、大きな変化かもしれない。

そしてその変化は良いほうであったのか、悪いほうであったのかはわからない。

 

その変化の色をもし自分にコントロールができるのだとしたら、出来うる限りのことは当然したいし、もし誰かにとっての変化の原因が自分なのであったらば、少しでも良い方向に向かってほしいなーと思う次第であります。

一番その影響を受けていくであろう相手はきっと我が子になると思うのだけれど、当面その予定はございません。

でもその準備はいくらかでもしておきたいものですね。

 

これから僕の身に変化が訪れるとしたら、住まいの変化と猫ちゃんが我が家にやってくる、という点でしょうか。

それによってはまた僕の考え方も変わるのだろうし、その変わった考え方に誰かが触発されるかもしれない。

もしかしたらブログの書き方も変わって、読んでくださる方の考え方も変わるかもしれない。

誰かの小さな変化が誰かの小さな変化を呼び、その小さな変化がまた小さな変化を落としていく。

それを長い目で見たならば、大変大きな変化と言えると思います。

もしかしたら遠い地ブラジルにまで影響が及ぶこともあるのかもしれません。

 

んな大袈裟な(笑)という人もいるでしょうが、まあ確かに大袈裟だわな(笑)。

 

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だけれどもね、こっちが誰かの変化を生む可能性があるのだとしたら、あっちが僕に変化を生む可能性もあるわけですよね。

遠い地ブラジルで誰かが起こした変化が、巡りめぐって日本にやってきて、僕の身に影響が及ぶ。

いわゆるバタフライ効果というものになると思うのですが、そうやって考えると地球は丸いんだということがわかります。

それは形状的な意味はもとより、環境的な意味でもそうです。

 

要するに、一つのまとまりなんだなーと。

 

ポッと起こった変化が、ポッと変化を生む。

そんなシナジー的な影響が世界のあちこちで日々起こりながら、世界は今日も回っております。

 

そんな変化をここでも日々起こせたらいいなーなんて思いながら、今日もブログをつらつらと書いているのかもしれません(本人もよくわかってない)。

 

でも本当、そういう思いも乗せて書きたいものですね。

 

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