『アイ・アム・サム』を観たよ!
2020/11/01
『アイ・アム・サム』という映画を観ました。
同じようなことをどこかでも書いたかもしれませんが、あんまり有名な映画を見過ぎたくないなーという思いがあります。
それは、そういう映画にも限りがあるからです。
つまり「売れた」という肩書きのある映画。
その限られた映画をほいそれと消費していいものか、もっとあとになってから観て「どうして今まで観ていなかったんだ!」なんて思うのまた一興!なんつって!ってな具合なもので、大事にしておきたい面もあったのです。
だけれども、映画好きを公言する上で、有名どころを観てないというのも考え物です。
「は?映画好きとか言っておいてこれすら観てないの?」
だなんて言われたくないではありませんか。
そんな相反する思いを胸に、少しずつ少しずつ映画の幅を開拓していたもので、今回は『アイ・アム・サム』へと行き着いたのでした。
いや、売れたのかな?
売れたよね?
売れてないとしても結構「泣ける」みたいなことで有名な映画かと思います。
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この映画は7歳程度の知能しかないお父さん、サムのお話。
お母さんとなる女性は家を出てしまっていておらず、娘が一人いるばかり。
そんな一人娘が7歳にもなるころ、早速娘は父の知能を超えようとしていました。
ともすると、そんな人に父親が勤まるのか?という問いが立てられます。
だけれども、当然サムは父でありたい。
そんな思いが交錯する映画なのです。
率直な感想としては、思ってたような映画とは違ったかなーという感じでした。
というのも、もうちょっと重たい、芸術よりの映画かと思っていたのです。
でもそうではなく、どちらかというと大衆的。
馴染みやすくて、考えやすくて、見やすくて、わかりやすい映画かと思います。
だから人気があるんだろうなーと思いました。
一方、同じような題材のもので『クレイマー、クレイマー』という映画もあります。
こちらは芸術性が強く、アカデミー賞の作品賞も受賞しています。
だけれども、大衆的ではないので退屈な人も多いだろなーという印象の映画です。
どちらが良いとか、どちらが悪いということではもちろんなく、それぞれに合ったそれぞれの楽しみ方があると思います。
で、ぼくは勝手にこの映画を芸術性の強い映画かと思っていたのです。
だから何か深く考えさせられる何かが待っているのかと思っていたのですが、意外と綺麗に行って綺麗に終わったので、少し呆気に取られてしまったのでした。
でも振り返ってみれば、そうか、なるほど、そういう映画だったか!という感じで納得した次第でありました。
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しかしながら、主人公のサムを演じたショーン・ペンの演技はまさしくアカデミー賞級。
実際ノミネートもしているわけですが、受賞してもおかしくない迫真の演技でした。
あと娘役のダコタ・ファニングちゃんもとっても上手。
こりゃ話題になるわ、って感じ。
完