仙台市博物館『いつだって猫展』に行って物思いにふける

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こんにちは。

先日、仙台市博物館で行われてる特別展『いつだって猫展』に行ってきました。

 

彼女が大の猫好きで、猫に「ちゃん」を付けないと

「ちゃん付けろやデコすけ」

と怒るくらい猫が好き、あ、猫ちゃんが好きで、必然的にこういうものにも「行こうよ」という話になるのでした。

 

ただ、概要をぼくはあまり知らなかったので、なんとなくタイトルに「いつだって」という言葉が付くくらいですから、さぞ猫ちゃん三昧な展示なのだろうと思っていたのですが、全然そういう展示ではありませんでした。

どんな展示かというと、画像にチラッと写ってるような浮世絵的なものが延々展示され

「江戸時代の人々はこんな風に猫ちゃんと暮らしていた」「猫ちゃんはこんな風に人に見られていた」

というような感じで歴史を振り返るようなものでした。

 

「いつだって猫展」というよりは「江戸時代の猫展」って感じかな。

 

なので、かなりニッチな展示でしたね。

フォーカスしてるのは確かに猫ちゃんだけれど、どちらかと言うと歴史的な意味合いが大きくて、ただの猫ちゃん好きでもただの歴史好きでも楽しめないような内容に感じました。

ともすると、ぼくはそこまで猫ちゃん好きでもないし、歴史に関しても詳しくないので、やっぱり少し退屈であったというのが正直なところです。

 

でも思うところもあって、当時「静電気」という現象が解明されてなくて、撫でたときに静電気がバチッとなるとその猫ちゃんは「化け猫」という風に信じられてたそうです。

(ウィキペディアより「化け猫」

「10年生きると人語を話す」という話があったり、画像のように猫ちゃんが踊りだす話があったりもして、それによってさて当時の猫ちゃんがどんな風に見られていて、どんな風な扱いを受けていたのか、今とは全く違うであろうことを想像するのは難しくないですね。

 

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今回『いつだって猫展』ということで、江戸時代の主に猫ちゃんの様子を知ったわけですが、他の動物とかはどんな風に見られていたのかしら。

動物ではなくとも、今と違っていろいろな不可解な出来事っていっぱいあったと思うんです。

今は科学的に説明できても、当時は不思議な現象。

その現象に神々しさを感じたり、畏怖を感じたりしたのだと思います。

それによって生き辛いこともいっぱいあったと思うし、怖いこともいっぱいいっぱいあったとは思いますが、そういう不思議で溢れている世界で生きる感覚には少しだけ憧れを抱きます。

「あの雲の向こうにきっとラピュタがある」的な、そういう大人でも夢見るロマンがあったのかなーと。

ぼくも小学生のときに映画『ジュラシック・パーク』を観て、空き地ででかい石を掘り当てたときは「もしや恐竜の化石ではないか!?」と興奮したりしたものですが、そういう夢見る心って無知から生まれるものだと思うんです。

 

だから、少しだけ羨ましい。

少しだけ。

 

いずれにせよもう時代は戻れないですから、今を生きるしかないぼく達は、今の時代の楽しみを見付けて楽しく生きるほかないですね。

例えば歴史を振り返って、物思いにふけるとか。

 

さて次は何をしようかな。

 

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