11.子供と一緒に育ちたい

11.子供と一緒に育ちたい

ところで、先日の飲み会でぼくの子育てに関する話を兄等に話したときに、二番目の兄に

「よく子供中心の生活しようと思えるね、おれにはできないわ」

みたいなことを言われました。

 

というのも、

学校に通わせたくない=自分でいろいろ教えたい=自分もいろいろ勉強しなくちゃいけない

とぼくは考えているのですが、それを兄に話したのです。

 

なるほど、子供中心の生活ですか。

確かにそう言われるとそんな感じもしますが、ぼくとしてはそこまで頑張ろう!っていう気負いみたいなものはないんですよね。

 

なんというか、普通です。

非常にナチュラルに(矛盾?)、ぼくはそうすべきだと感じたから、自分の思ったとおりに普通にやってやろうと思っているだけなのです。

 

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あとは気質の問題ですね。

例えが悪いかもしれませんが、ぼくはもともと育成・経営ゲームみたいなものが好きでした。

『新・テーマパーク』という遊園地を作るゲームを筆頭に、水族館を作る『テーマアクアリウム』、街を作る『シムシティ』、ロボットを育成する『ワンダープロジェクトJ 機械の少年ピーノ』

あと買ってもらったことはなかったけれど、馬を育ててレースに出させる『ダービースタリオン』、蟻の巣を作る(らしい)『シムアント』などなど。

ゲームと比べるべきことではないと思うけれど、気質としてはそういう「育て上げる」という行為がぼくはもともと好きなのです。

 

だから、子育てにも物凄く興味がある。

もちろん大変でしょう。

「は?子育て舐めんなよ」

と世の中の親御さんに怒られるかもしれません。

そうなのでしょうけれど、どんな風に子が育つのか、ぼくはずっと観察していたいのです。

ぼくの子がどんな風に育つのか、ずっと見ていたいのです。

 

かと言って、それがずっと構ってあげるということだというわけでもない。

求められたら応えてあげて、放っておいてほしいなら放っておく。

広く言えば放任主義的なのでしょうが、ずっと後ろから見てることを考えるとちょっと違う(怖い

ぼくもよく観察するが、子にもぼくをよく観察してもらいたい。

お互いがお互いのことをよく理解して、手を貸してほしいときは手を貸すし、手を貸してもらいたいときは手を貸してもらいたい。

 

好きに生きたらいいけれど、お父さんはここにいるからね、と。

本当に危ないときは身を挺して守るから。

 

お行きなさい。

進んだ道があなたの道です。

 

そしてすくすくと育ちなさい。

 

そのすくすく期を、学校に遮ってほしくない。

ぼくの子供はきっと育つから、健やかに育つから、どうぞ邪魔をしないでいただきたい。

 

そんなような思いであります。

 

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それともう一つ。

自分でいろいろ教えてあげたい=自分もいろいろ勉強しなくちゃいけない

とも書きましたが、これも「子供中心」と思わせることもかもしれません。

 

でもこれも全然違う。

ぼくはどの道、自分も勉強したいと思っているから、全然子供中心的行為ではないのです。

ぼくも勉強になって、子供の為にもなる。

あるいは子供の為にもなって、ぼくの勉強にもなる。

順番はどうであれ、結果的にぼく達の為になるならそれで良い。

 

そうして、世界は不思議だなーと。

世界は広いなーと。

人生って楽しいなーということを噛み締め合いたいですね。

 

照れ。