言葉の備えがあれば憂いはなし

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試しに英語の日記をさっき書いてきました。

と言っても本当に英語に関してはちんぷんにかんぷんで、小学生の日記みたいな、いや、なんなら幼稚園児が書くような、つたなさフルマックスのあどけなくていたいけで愛おしくて思わず守ってあげたくなるような可愛げが満ち満ちに満ち溢れた日記を書いてきました。

 

それこそ「今日はどこそこに行ってきました」「楽しかったです」みたいな日記です。

もしかしたら幼稚園児の方がいくらか文章らしい文を書くかもしれません。

 

実際僕が幼稚園児の時に書いた作文は、母親のおっちょこちょいなことを書いたものだったのですが、これが一体またどうして、結構作文らしい文になっていたんですよね。

もしかしたら先生が添削しながら書かれたものだったかもしれませんが、大筋は自分なりに考えたんだと思います。

ちなみに文字は「書けない」ので、ひらがなの判子を押すスタイルのものでした。

 

そうやって考えると、幼稚園児って大人が思ってる以上にいろいろ考えてるんですよね。

 

僕にはお兄ちゃんが二人いて、いろいろお兄ちゃんに教わったりしていたので、同級の友達たちが知らないようなことを早々と知ったりもしていました。

中でもよくはっきり覚えているのは、バケツに水を入れてグルグル回すやつです。

遠心力で水が落ちてこないっていうあれです。

兄に教わった僕は早速みんなに見せてやろうと思いました。

それを実演してみせると言ったとき友達はみんな「え!?バケツをひっくり返したら水が落ちてくるよ!先生に怒られるよ!」とパニクってましたが、僕はすでに遠心力という現象を兄等に聞いていたので、ドヤ顔でバケツを回したのでした(そして遠心力は無事に働いた)。

 

お弁当に梅干しが入っていたときに、友達にばれないように先に梅干しを食べちゃって種だけの状態にし、いざお弁当を食べるときに「あれ~この梅干し硬いな~」とか言いながら種をガシガシ噛んだこともありました。

友達たちはみんなそれで笑ってくれましたが、今思うと恥ずかしさのあまり顔から火が今出てきました(ボッ)。

 

そうやって振り返ってみると、幼稚園児って結構自分なりにものを考えていたんだなーなんて思います。

お弁当の梅干し事件(と言っても過言ではない)に至っては、こうしたらみんな笑ってくれるだろうということを、直感的にかもしれないけれど、一応は考えて行動に起こしたんだと思います。

スベらなくて本当に良かったですね。

 

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じゃあそれを今英語で表現できるか?って言ったら、絶対に無理なんですよね。

Oh shit!! Oh shit!!とか言っちゃう。

ともすると、今の僕のイングリッシュ脳は幼稚園児以下ということになります(Oh shit!!)。

 

物事の発想がどれだけあっても、それを上手に言語化できないという状態です。

ともすると、やっぱり日本語も一緒だよな、なんて思います。

 

というのも、今まさに僕の頭の中では「こんなことを今考えている」という考えがあるにも関わらず、それを英語で表現するだけの表現力がないということになります。

そんなようなもので、語彙力がない人、文章力がない人、ひいては日本語がヘタクソな人って、どれだけ素晴らしい考えが脳内で大宇宙のように広がり、今なお膨張を続けているのだとしても、それを上手く周りに伝えられないと思うんです。

それでは全く意味がないと思うんです。

もちろん伝え方っていうのは言葉だけではなく、音楽だったり絵だったり物語だったり、いろいろな手段があると思います。

言葉の壁があるのならジェスチャーでコミュニケーションを取ればいいように、言葉だけが気持ちを伝えるものではないと思います。

でも言葉は知っていれば知っているだけ表現の幅は広がるのだから、より的確に物事や持論を伝えられるようになるのではないでしょうか。

 

少なくともそれで損ってことはないと思うんです。

備えあれば憂いなし、的な。

 

そんな風に、英語を通して日本語を思った日でした。

 

ノシ

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