不思議な鳥居の向こうには何もありませんでした…?

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こんにちは。

僕には、ずっと前から気になってる場所がありました。

 

ここなんですけど。

わりと交通量の多い田舎道から見える鳥居があって、でもその先には何も見えないわけです。

一体あの先には何があるんだろうかと、鳥居があるのだから何もないわけはないであろうと、そんな風にずっと思っていたのです。

 

でもなんだかんだ、わざわざ車を止めてまで確認する気にはならなくて、ずっとその気になる気持ちを抱えながら日々過ごしていたのですが、ついに気になり度合いが重たい腰を浮かしてくれたので、単身で探索することにしました。

「不動明王」と書いてありますね。

この手の物に関する知識が全然ないので、つまりはどういったものであるのかというのはわかりません、今度調べてみます。

 

さて、この鳥居をくぐったならば、あそこの見えてる道を曲がればきっと答えがわかるのだろうという期待を持って進んだのですが。

 

 

奥までなんにもないんだが。

 

 

でも鳥居があってなんにもないってことは絶対にない!と、不安になる自分に言い聞かせて、とりあえず奥まで行ってみました。

 

 

いやなんにもないってこれ。

 

 

そんな諦めの気持ちが少しだけ芽生えたのだけれど、辺りを見渡すと森へと続く希望の道を見付けました。

 

 

道、なのか?

 

 

ここで葛藤が起こります。

単身で森に入っていっていいものか。

そもそもこれは道なのか。

単なる獣道ではないのか。

でも小さな橋がかかってるようにも見えるので一応は誰かが利用しているのではないか。

じゃあきっとこの先に鳥居の意味があるのではないか。

 

少し考えた結果、突撃します。

どんな結論に至ったかというと、ここで帰ったらもう多分一生来ないような気がしたのです。

そしたら僕は一生「あの鳥居ってなんだったんだろうなー」ということを引きずりながら、来世の自分に期待することになるかもしれない、そんな不安が過ぎったのでした。

 

進みます。

 

道か?道なのか?

 

道だよな。

 

うん、道だよ道。

 

と言い聞かせてとりあえず進みます。

 

すると少し開けた場所に出ました。

 

 

 

 

怖。

 

 

「これか、これがそうなのか」

そんな鳥居の真実に辿り着いた喜び以上に、恐怖が勝ちました。

もちろん神なるものを感じようと思えば、きっとここに何かしらの慈悲があるのではないかなんて、無知なる僕は思ったりもするものですが、それ以上に動物的な直感がここにいてはいけないと訴えるようでした。

 

裏には水が滴り落ちてきていて、水溜りができていました。

 

おや。

 

 

おやおや。

 

地元の人はここに来てお参りするのかしら。

日本の文化って不思議です。

 

空は晴れ晴れとしています。

晴れ晴れとしているのに薄暗い森の中にそびえる御社(?)は、なんか怖いんだなと思いました。

少しだけ藤原さんの気持ちがわかりました。

 

でもすっきりしました。

 

めでたしめでたし。

 

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