どうしていいかわからないときはまず頭を良くしよう

どうしていいかわからないときはまず頭を良くしよう

実はぼくは、頭が良くなりたいなーと思い、少しずつコソコソ勉強しています。

それで、少しではありますが、昔と比べたら頭が良くなったなーという確かな実感もあります。

 

それで思うことは、何かに取り組みたいのであれば、まずは頭を良くするべきだろうな、ということです。

 

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頭を良くするべきとは

というのも、例えばギターの練習をしたいとなったとき、頭が良い人と頭が悪い人とでは、当然練習内容は変わってきます。

内容も違うし、取り組み方も違うでしょう。

内容も取り組み方も違っていれば、結果が違ってきます。

 

例えば何かの資格を取りたい!という人が勉強するとき、地頭の良し悪しで取り組み方が違ってくる。

学校の試験勉強もそう。

趣味全般もそう。

映画を観るときもそう。

アニメを見るときもそう。

本を読むときもそう。

運動するときもそう。

 

とにかく、なんでもそう。

何かしら取り組む上で、頭が良い悪いで取り組み方が変わり、結果が変わってくるのです。

 

そんなことは当たり前だろうと思うと思うのですが、恐らくほとんどの人は、自分の頭を良くしようなんてことを考えたりはしないのではないでしょうか。

知識を得ることとは違い、地頭を鍛えることは無理、というか、そういう発想すらないと思います。

 

でもぼくはそういうことを人知れずやってきて、知識とはまた違った意味で頭が良くなったという実感を得ました。

そうして思うことが、

「何かに取り組む前にまずは頭を良くするべきなんだな」

ということだったのです。

 

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頭の良し悪しによって変わることの事例

ぼくは若いころバンドをやっていましたが、頭が悪かったのでどう頑張ればよくわかりませんでした。

熱心にギターの練習をするわけでもないし、歌の練習もしないし、作曲をするわけでもない。

イメージ図。

 

もちろん本当に全くしていなかったわけではないけれど、具体的に何をどうしたらいいかがわからない、けど何かはしなくちゃいけないという意識だけはあったから、とりあえずスタジオには入ってたし、ライブも定期的に行ってはいました。

けれど、それがどんな風に今後の活動に繋がっていくのか、などということは考えられなかったのです。

それは、頭が悪かったからに他なりません。

 

じゃあもし今バンドをやっていたらどんな活動をしただろうか。

そんなことを考えると、いろいろなことが思い浮かびます。

とりあえずもっとギターの練習をするべきだということはすぐに思い付くし、もっと音作りにこだわりたいとも思うし、歌の練習もちゃんとするし、作曲だってします。

当時はBUMP OF CHICKENばかりしか聴かなかったけれど、今ならもっといろいろ聴くし、それぞれの曲がどういう構造になっているのかということにも興味があります。

 

「いやいや、あとから振り返ればなんとでも言えるでしょ」

と思うかもしれませんが、実際今、ギターと歌の練習をしています。

というと、バンドでもやるのか?と思われるかもしれませんが、別にそういうわけでもない。

ただ単に、上手くなりたいという願望が沸き起こったからやっているのです。

 

もちろん、当時もそういう感情がありましたが、じゃあギターをどう練習したら上手くなるか、みたいなことは一切考えられず、そうするとどう頑張ればいいかもわからないから、結局熱心にはなれなかったというのが実のところです。

歌も一緒。

 

でも当時から、今のような考える力を少しでも持っていたとしたら、自分でどうしたらいいかを考えて、今以上に取り組んでいたはずです。

そこに、より明確な目的が伴っていたわけですから。

 

凄い人を目指していただろうなーと思います。

 

まあ今も目指してるんですが。

 

がはは(頭悪そう

 

つまるところ、頭さえ良ければやりたいことに全力で取り組めるようになる、ということです。

なんとなくでしかできなかったことが明確になったり、誰かに教えてもらわなければ動けなかったことが自分で考えて行動できるようになったりです。

 

なので、何かしら停滞感を感じていたり、どうしていいかわからないと感じることがあるようであれば、思い切って

「頭を良くする」

ということを考えてみてはいかがでしょうか。