頭を良くするのに一番大事な「考える」ということについて

頭を良くするのに一番大事な「考える」ということについて

頭を良くする方法はいくつかあると思いますが、ぼくが一番大事だなと思うことは

「考える」

ということです。

とても単純で、ひねりのないことではあるけれど、確かなことです。

 

これは別の記事でも書いた例えですが、ぼくは頭の中というのはキッチンみたいなものだと思っています。

 

いわゆる知識は食材です。

 

その食材を使って何を考えるか、つまりどう調理するのかはあなた次第。

 

料理が上手な人は、たとえもやしだけでも美味しい料理を作るだろうし、

料理が下手な人は、どんなに高級食材を使っても美味しくない料理を作ってしまうでしょう。

 

そんなようなもんで、頭を良くするとはつまり、料理上手になることだとぼくは考えています。

 

頭を良くする方法としてよく「読書」が挙げられると思いますが、あれは別に知識をたくさん取り入れましょう!ということではありません。

その知識を得た上で何を考えるか、そこが重要になってくるわけです。

キッチン論で言えば、誰かの料理を食べてみて、何を感じるかということですね。

 

だから「考える」。

 

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考えるクセが付くと、普通に生活していても頭を鍛えることができます。

仕事中でもいろいろ考えられるし、デート中でも考えられる。

ギターを弾いてても考えるし、映画を観ていても考える。

という風に、何をしていても頭を鍛えることができるようになります。

 

だからぼくはとにかくまず「考える」ということを日々の生活に取り入れるといいんじゃないかな、と思うのです。

 

しかしながら、ただ

「とにかく考えろ!」

と言われてもこれが意外と難しい。

そもそも何を考えればいいの?という感じになる人は少なくないでしょう。

 

個人的にオススメしたいのは、やっぱりブログ。

日記でもいいです。

つまり、考えたことを文章化するということ。

 

映画を観たら、映画の感想を書く。

当たり前ですが、文章を書くということは脳みそを使います。

その「文章化する」という行程を踏まえないと、感情的に「楽しかった」「つまんなかった」という感想で終わってしまいがちです。

 

だから、腰をすえて考えてみる。

その映画について何を書くか考えてみる。

 

そうして考えるクセが付くと、文章化せずともいろいろ考えるようになります。

前にもどこかで「ぼくは頭の中で文章を書く」というようなことを言いましたが、まさにそんな感じ。

文章慣れすると、頭の中での思考が鮮明になるのです。

漠然とした感情が、はっきりとした形で表現できるようになります。

 

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もちろん文章化することは簡単ではないし、腰が重たくなるときも正直あります。

けれども、だからこそ意味があるのでしょう。

筋トレは辛くなければトレーニングになりません。

辛いくらいが成長を図れるというものです。

 

この文章も、よどみなくババーと書き綴った部分もあるけれど、全体を通して言えば、恐らく思われてる以上に時間を掛けて書いています。

頭を使って、考えて書いています。

それでも誰かにとってはまだまだ稚拙な文章であると思うけれど、ぼくにとっては大事な営みです。

 

できるだけ有意義なものにしようという意識を持って書いてはいますが、一番の目的は自分の成長を図ること。

それが達成されればそれだけで十分意味があり、その結果その文章で誰かが何かを感じてくれたならば、それはそれでよりハッピー。

でもそれはおまけみたいなものです。

あくまでも頭を使うことが目的。

 

まだまだ書きますぞえ。