やる気が起きないという人にこんな言葉を送ります「モーションがエモーションを生む」

やる気が起きないという人にこんな言葉を送ります「モーションがエモーションを生む」

今猛烈に眠いです。

眠い中書きます。

いろいろご容赦ください。

 

文章というのは基本的に頭を使います。

変な文章、ハゲの文章みたいなのを書くときも、なんだかんだ頭を使っています。

自然と言葉が出てきてはいるけれど、ある程度頭を使っています。

 

今は書くことがどんどんどんどん湧き水の如く溢れてきていてて、あんまり頭を使わずに書いていますが、でも使います。

そして前回にも書きましたが、書き始めが一番頭を使います。

 

それで思うんだけれど、やっぱり夜に書こうとすると、ある程度頭が疲れた状態なわけですから、ちょっと頭の腰が重たくなってる状態だと思うんですね。

意志力も使うし、書く気にもならない。

 

でもそこに、アドレナリンを出す何か、ネタを自分で自分に提供することによって、眠いながらも、うとうとしながらも筆が進む。

いや、指が進む(カタカタカタ)。

 

眠かろうが、やりたいことがあったらやってしまう。

それが人間というものです。

 

ぼくも昨日は気付いたら1時までギターを弾いていました。

そこから風呂入って眠ったので、いつもよりもだいぶ遅めです。

まあだから今眠いわけなんですけれども、それは置いておいて、とにかく、やりたきゃやるんだ、ということ。

 

文章を書きたい気持ちがありながら、そのきっかけに労力を使うとき、そのはじめの一歩が大変重たくなります。

それを軽い気持ちで踏み出してもいいことを自分に言って聞かせる。

それは本当は重たくないんだよ、と。

なんでもいいから、とにかく踏んでみそ。

 

そしたら少しだけでも景色が違ってみえるから。

 

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昔、ぼくがまだ中学生のとき、学校の弁論大会なるもので

「モーションがエモーションを生む」

という話をしたことがありました。

 

これは

「ごちゃごちゃ考える前にとにかく動いてみろ」

「動けば勝手に感情(エモーション)があとから付いてくるから」

というような主張の弁論です。

当時の作文力は今と比べものにならないわけですけれども、それでも当時は我ながら良い文章を書いたと思ったもので、学校でも少しだけ話題になりました(えへへ)。

他校にも伝わりました(えへへ)。

 

さておき、中学生のときのその言葉が、今の自分に響きます。

とにかくやってみそ。

 

何かが続かない人は、その何かをやる姿を先に想像しちゃうからだと思います。

例えばギターを始めたい、練習したい、でもギターを弾くと指が痛くなるし、練習するのもなんだか面倒臭いなーとか思っちゃって、なんだかんだ続かないのは、弾いてる自分の姿を想像して先にいろいろ考えちゃうから。

それはエモーションからなるものです。

 

それを、いいからとにかくやれ、と言い聞かせる。

そこにもエモーションが必要じゃないか!というのは痛いところを突かれる思いですが、うるさいよ、いいからやれ、そんなんだから続かないんだよ(ガラ悪い

 

やりたくない理由、やらなくてもいい理由を探すんじゃない。

とにかくやってみるんだ。

 

それで楽しめないんだったら続けなくてもいい。

でもやってみて楽しめるんだったら、次もきっと楽しめる。

 

でもきっと次にやる前にはまた「面倒臭いなー」とか思っちゃうだろうから、思っちゃダメよ、ダメダメ(古い

思っちゃう前にやる。

というか思っちゃってもやる。

 

1時間とか30分やる必要もない。

1分でもいい。

気分じゃないなら10秒でやめてもいい。

 

いややっぱり嘘、1分はやろう。

 

ぼくも本を読むけれど、1ページも読まないときもあります。

気分じゃないときは早々と切り上げる。

「それでもいいんだ」

「がっつりやる必要はないんだ」

というメンタリティが「面倒臭い」という感情をなくしてくれる。

 

「モーションがエモーションを生む」とはつまり

「とにかくやるんだ、やってから考えろ」

というマッチョ思考です。

 

黙ってやれ(SIR! YES, SIR!