怒りっぽい性格を直す為の4つの考え方

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ぼくはとても怒りっぽかったです。

そう、過去形。

今は彼女に冗談交じりで「世界一優しい」と言われるくらい、穏やかになりました。

もちろん自分でそこまでは思わないけれど、昔と比べたら信じられないくらい穏やかにやったよなーとは確かに思います。

 

怒りっぽいことに何か具体的なエピソードがパッと出てくるわけではないけれど(それくらい怒ってた)、よく覚えてる言葉として

「ゆきちすぐ怒るんだもん」

と友達に言われたことがあります。

 

「もっとカルシウム取った方がいいよ」

と言われて更に怒ったこともあります(爆)。

 

怒鳴った経験もあるし、無視した経験もあります。

友達を困らせたり、謝らせたりした経験もあります。

 

振り返ってみると、本当に怒ってばかりでした。

 

そんなぼくがどうして「世界一優しい」と称されるまでになったのか。

単純に「大人になった」という側面もあると思うんだけれど、一番の要因としては

「考え方が変わった」

ということがあります。

その考え方とは一体どんなものなのか、それについて少し書こうと思いますので、ぜひ、かつてのぼくと同じように怒りっぽくて悩んでるという人は参考にしてほしいと思います。

 

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1.自分と相手の違いを認めること

まず、とっても当たり前のことなのですが、自分と相手は違うんだということをよく理解します。

これは「マナー・お作法」の話でも少ししたことですが、ぼく達人間はそれぞれ異なった価値観を持っています。

世界観とか倫理観というのも違います。

正義とするものも常識も違います。

 

自分はここからここまでは大事にするけれど、ここからはあんまり気にしない、という尺度が誰とも違うわけです。

 

昔のぼくは、それがわからなかったのです。

だから、自分が正しいと思うことが世界の常識だと信じて疑わず、それを守れないやつは間違ってる!みたいなメンタリティで生きていたのでした。

 

でも当然ながら、そうではないですよね。

ぼくとあなたとでは、世界観も、価値観も、常識も全部が違います。

客観的な正しさはなく、それぞれが信じるとおりに生きている、それがぼく達人間というものです。

 

それを理解した上で、お互いを尊重しなければなりません。

自分を押し付けるのではなく、相手を受け入れる。

仮に自分と意見が違っていたとしても

「君はそう思うんだ」

「ぼくはそう思わないけど、それでいいんじゃない?」

というような心です。

相手に共感する必要は決してなく、かと言って否定する必要もない。

相手には相手なりの考え方があるのです。

 

2.自分のことを棚に上げないこと

次に、ミスを受け入れる心です。

例えば仕事のミスや、会話のミス、車の運転のミスや、家事のミスなどなど、日常的に起こりうる誰かのミスのことです。

 

これも当たり前のことなのですが、ミスは誰にでもあります。

かなり精度が高いことであっても、100回やったら1回はミスる、というようなことが誰でもあるものです。

 

仕事が常に完璧である、という人はなかなかいないでしょう。

会話も、どんなに話上手だとしても、時には失言をしてしまうこともあるでしょう。

車の運転だって、いつでも誰にも迷惑の掛けない運転ができてると言い切れる人は多くないと思います。

家事も、時にはうっかりやり忘れることくらい誰にでもある。

 

全部よくあることです。

 

だから、誰かのミスに対して怒りたくなったら、とにかく頑張って一旦踏み止まって、よくよく考えてみます。

「果たして自分は完璧にこなせているだろうか?」

「自分も同じようなミスをしたりしないだろうか?」

と。

 

ぼくなりのエピソードを一つ挙げますと、ぼくは30万近くしたギターを持っています(若さの勢いでローンで買ったもの)。

 

それをあるとき、彼女が倒してしまったのです。

ちょっとペグが曲がってしまったようにも思います。

 

恐らく怒りっぽい人であれば余裕で発狂することだと思うのですが、元怒りっぽいぼくは、全く怒りませんでした。

確かに彼女の不注意だったけれど、そこに置いておいたのはぼくなので、ぼくの不注意でもある。

それに、ぼくも彼女の私物をうっかり踏んでしまうことくらいあります。

机から落としてしまうこともあります。

誰にも何も傷付けないで生きることは難しく、それはお互い様だとぼくは思うのです。

 

ぼくもうっかり君のものを傷付けてしまうことはあるから、君がうっかりぼくのものを傷付けてしまうこともあるであろう。

 

だから

「まあそういうこともあるでしょう」

と、特に怒ったりはしなかったのでした。

 

ただ、もちろん彼女が反省していたから、ぼくも別になんとも気にしなかったものでしたが、仮に彼女が

「わざとじゃないし、まあしょうがないっしょ?」

みたいな態度を取っていたら、当然ながら怒っていました。

行い全てを受け入れるわけではなく、あくまでも、相手の「申し訳ない」という気持ちを汲んだ上での「しょうがない」です。

 

3.理屈で考える

「なんでこういう時に限って!」

という感じに思うことってよくあると思います。

例えば、家を出るのが遅れた時に限って赤信号ばっかり!とか。

財布を忘れた日に限ってお金が必要に!とか。

デートの日に限って天気が悪い!とか。

 

でもそういうことの大半は、誰かの何かの意思が反映されているわけではないので、全てただの偶然です。

たまたま、そういう時に、そうなってしまった。

 

それだったら、イライラするだけ無駄だというものでしょう。

避けようのない、対応のしようがない、偶然起こるある種の不幸は、仕方がないから受け入れるしかない。

 

どんなに家を出るのが遅れたとしても、赤信号で止まったならば、止まってるうちには何もしようがない。

何もしようがないなら、焦っても仕方がない。

漫画『ワンピース』のブルックが同じような理由から、待機中、緊急事態にもかかわらず、優雅にくつろいでいて、ナミに怒られていましたが、考え方としてはそれと一緒です。

仕方がないことに気を揉んでも仕方がない。

せいぜい「明日は早く出よう」と反省することくらいしかできない。

 

感情としては「どうして」と思いたくなるけれど、理屈で「意味がない」と言い聞かせましょう。

 

4.怒った自分を客観視する

最後に、自分の感情を客観視します。

これは「怒る」という感情に限った話ではなく、「喜ぶ」とか「悲しむ」とか、喜怒哀楽全般にやってみると面白い試みです。

 

どういうことかというと、例えば怒りたくなった時、

「どうして今自分は怒りたくなったのだろう?」

と俯瞰して考えてみるのです。

自分に対する攻撃だったらわかりやすいですが、では例えば、誰かが、守るべきことを守っていないのを見た時はどうだろうか。

ぼくはそういう人を見るといまだにイラッと来ることがあるのですが、でも別にそれが自分にとって迷惑になっていないこともあるでしょう。

 

例えば、自分の前を走っていた車が信号無視して行ってしまった時、

「信号も守れないのかよ」

って思うんだけど、別に自分が迷惑を掛けられたわけではない。

ともすると、どうしてぼくはイラッとしたのだろう?

ズルいと思うから?

みっともなく思うから?

場合によっては事故に繋がると思うから?

などという風に、怒りポイントを探すのです。

 

そうすると、結構

「別に怒ることじゃないか」

と思えることとかもあったりするのです。

 

もちろん、心理学的には理由があるのかもしれませんが、理屈で考えると「怒る意味がない」と思えるなら、それは抑えるべき感情かと思われます。

 

そんな風に、どうして感情が揺らぐのか。

何かを前に緊張していたら、どうして自分は今緊張しているのだろうか?と冷静に考えると、緊張する意味もないよなーと思えたり。

悲しくて涙が出るなら、何がそんなに悲しいんだろう?と考えると、時にはそれがバカらしく思えたり(この経験はないけど)。

 

あるいは、相手に何か怒りたくなるような言動をされた時、

「どうしてこの人は今こんなことを言ったのだろう?」

「どうしてこんなことをしたのだろう?」

と、相手のことを俯瞰して考えてみるのも、結構冷静になります。

 

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まとめ

以上、

「自分との違いを認めること」

「自分を棚に上げないこと」

「物事を理屈で考えること」

「感情を客観視すること」

の4つの考え方でした。

 

前者2つは相手を尊重することで、後者2つは自分の内面と向き合うことです。

相手を理解し、自分を理解する。

その探究心が心に余裕を持たせるのかな?と個人的には思います。

 

いっぺんに全てを取り入れる必要はないですから、とにかくまずは4つ目の「客観視すること」から考えてみるといいと思います。

客観視することによって「理屈で考える」ということもできるし、「棚に上げない」ということもできるし、「違いを認める」ということもできるようになるからです。

 

怒ったら

「あ、今怒りの感情が湧いたぞ!なんでだ!?」

と考えてみましょう。

そこに大した理由がないのであれば、怒る必要はない。

そんな風に思えることが増えると、どんどん同じような事例に対しても怒らなくなります。

理屈が感情に刷り込まれていくのです。

 

もちろん、怒るべき時は怒るべきですが、考えて、冷静になると、怒鳴る必要が全くないこともわかるでしょう。

というのも、怒鳴らずとも注意で済む話だったりするからです。

それを怒りっぽい人というのは、怒鳴ったりするからいけない。

 

それで思い出しましたが、ぼくの父は怒ると怒鳴るタイプでした。

ぼく達兄弟にも、母にも、祖母にも。

それを見て育ったから、ぼくもそんな風だったのかなと今思います。

 

しかしながら、今の彼女とは5年以上お付き合いしていますが、ただの一度も怒鳴ったことはございません。

ケンカして、ムカつくことを言われて、心底怒って怒鳴り掛けたことも正直ありましたが、全部堪えてきました。

昔のぼくでは考えられないことです(父ではもっと考えられない)。

 

それは、一呼吸置いて頭で考えて

「今怒鳴ったらもう終わるだろうな」

と思えたからです。

 

そんな風に、現状をよく観察して分析してみましょう。

 

それにはとにかく客観視。

そこから徐々に他の考え方も採用していくといいと思います。

 

というわけで、ずいぶん長くなってしまいましたね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ぐっどらっく。

 

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