音楽

『ロストマン』の歌詞が理解できたきっかけと歌詞解釈

2020/05/22

BUMP OF CHICKENというバンドの曲に『ロストマン』という曲があります。

実は、数多いBUMPの曲の歌詞の中で、ぼくはこの曲の歌詞が一番好きなのです。

 

好きというか、一番完成度が高いと思うんですね。

 

『ロストマン』の歌詞が理解できたきっかけ

ぼくが初めてこの曲を聴いたのは高校1年生か2年生か、その辺りだったと思うんですが、当時は全く何について歌っているのやらさっぱりわからなかったのです。

それは単純にぼくが「歌詞をあんまり気にしない(聴かない)」というタイプの人間だったから、深く考え込まなかったことも要因にあると思いますが、ロストマンの歌詞を理解するにはまだまだ人生経験が足りなかったというのが最たる理由でしょう。

 

その証拠に、あることをきっかけにフッと歌詞の意味を理解できるようになりました。

そのきっかけとなったのは高校3年生のとき、彼女に2週間でフラれたときです。

フラれてすぐアハ体験をしたわけではなく、確か数ヶ月後だったとは思うのですが、不思議なものでまるで一つのパズルが解けるように、それぞれの言葉の意味が一気に理解できるようになったのです。

 

そうか、なるほど、ロストマンか。

と、浅はかながらも一応の理解を得て、それまであんまり聴いていなかったロストマンを好んで聴くようにもなったのでした(ぼくは単純なのだ)。

 

それからももう何年も経ったわけですが、改めて歌詞の理解を深めてみたいと思います。

 

『ロストマン』という曲名について

ロストマン、もといロストとは

「失った」「紛失した」

というような意味もありながら

「道に迷った」「当惑した」

というような意味合いもあります。

 

あるいは

「負けた」「失敗した」

という意味もあるし

「浪費した」「無駄にした」

というような意味もある。

 

当時のぼくは

「失った男だからロストマンか」

と単一的に理解していたものですが、解釈によってはそのどれもが含まれるタイトルとも思えます。

「迷子」って言葉も出てくるし、「間違った」って言葉も出てくる。

 

統合して

「間違って、失って、迷子になっちゃった」

と捉えてもいいかもしれません。

でも迷子になったまま終わらないのがこの曲のいいところ。

 

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歌詞の解釈

そもそも迷子ってなんだろう?

ぼくが高校生のときに理解できなかったのは、そのことがわからなかったからだと思います。

 

この曲においての迷子とは、もちろん精神的な意味での迷子。

一つの選択をしたんだけれど、それによって失ってしまった何かに対する淋しさが忘れられず

「これで良かったんだろうか?」

と迷っているわけですね(「失ってしまった何か」は解釈による)。

 

時が過ぎれば忘れるだろうと思っていたけれど、どんな風に夜を過ごしても昇る日は同じだ、と。

「手造りの地図」は自分が描いた人生設計みたいなもの。

自前のコンパスを見てみるんだけど、動かない。

どっちに行けばいいのかわからなくなってしまった。

 

「迷子」になっちゃったんだね。

 

淋しさを忘れるどころか忘れたのは温もりで、むしろ少しずつ冷えていく。

 

でも選択のもう一方に強く手を振って、強がってみる。

もう行くしかないんだ、と覚悟を決めたようにも思えます。

そのとき夢の設計図を開くとき、ぼくはどんな顔をしているのだろうか、と。

 

でもこれが僕が自分で選んで望んだ道。

不器用ながらの選択だったけれど、その選択がどうか正しくあってほしい。

 

(ギターユニゾンソロ)

 

失ってしまってから、心にぽっかり穴が空いたご様子。

中々前に進めず、思い出すはあの日までの思い出ばかり。

あるいは「丁寧に切り取った絵」は、こっちの選択をしていた場合の「こっちの思い出」と、あっちの選択をしていた場合の「あっちの思い出」という解釈もできますか。

 

でもこのままじゃいけないから、あの日にサヨナラを。

と覚悟を決めると、動かなかったコンパスが動き出す。

 

改めて「手造りの地図」を広げてみよう。

現在地はここ。

ここが出発点。

踏み出すのは新たな始めの一歩。

 

君がいないこの世界をちゃんと愛すことができたら、そのときは会いに行くよ。

間違ったかもしれないこの選択が、この先でいつか正しかったと思える日が来ることを祈って。

正しかったと思えて、会いに行ける日が来ることを祈って。

 

という感じですかねー。

 

んー

 

完璧か。

 

なんだこの歌詞、完璧か(二度目)。

そりゃ9ヶ月も掛かるわ。

 

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『ロストマン』という曲を思って

なんかよくわかんないけど、MV思い出して少し泣きそうになりました。

あの頃、藤原さんの身に何が起きていたのでしょうか。

同アルバム曲の『同じドアをくぐれたら』『スノースマイル』も、何かとの別れの曲です。

もしかしたら失恋かもしれないけれど、そうではないかもしれないね。

とにかく「何か」を失ったご様子。

 

その背景を思い描きながら、自分の当時のこととか、その後のこととかを思い出しながら、MVのことも思い出したらなんだか切なくなりました。

こんなこと言うのもお恥ずかしいですが、んーなんか、切ないですねー。

そしてその切なげな、儚げな、そして淋しげな藤原さん、いや、BUMP OF CHIKENがぼくは好きだったんだなーと改めて思いました。

今のハッピーな感じも嫌いじゃないけれど、尖ってた彼等はやっぱり

 

んー

 

かっこよかったんだっけよ。

 

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