映画好きのぼくだけの映画の秘密の楽しみ方

映画好きのぼくだけの映画の秘密の楽しみ方

前にも一度書いたのですが、かなり昔のことになりますので、改めて書こうと思います。

ぼくなりの映画の楽しみ方。

 

どんな楽しみ方かというと

「映画の情報を一切取り入れない」

ということになります。

具体的には、まず予告映像を(積極的には)一切見ません。

必要以上にはポスターの類も見ないように努めてますし、チラシも手に取らない。

 

どうしてそんなことをするのかというと、理由は2つあります。

 

理由1 ネタバレやめれ

まず1つ目が、

「どんな些細な情報のネタバレもしてほしくないと思っているから」

です。

ぼくはどんなに小さなサプライズも本編で味わいたいと願ってやまない、生粋のサプライザーなのです(何それ

 

例えば最近だと『レディ・プレイヤー1』という映画が公開されましたが、VRゲームの世界が舞台なだけあって、他の映画やアニメなどのいろいろなキャラクターや物がたくさんたくさん登場します。

その予告では実にたくさんのキャラクターや物の登場シーンが流れるわけですが、それがぼくは勿体無いなーと思うのです。

それこそ1つ例を挙げるならば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシン『デロリアン』が登場しますが、本当に本当に本編でその驚きを味わいたかった。

逆に全く知らずに見れた、某映画に入り込むシーンは最高に最高に興奮したものです。

 

「え?デロリアンの予告は見たの?」

と思われると思いますが、そう、何の映画かわからないものは、映画館で映画を観たときに流れる予告を不用意に見てしまうことがあるのです。

だから『レディ~』も最初の一度だけ、ぼけーっと予告を見てたら流れてきて、なんかよくわからんが知ってるキャラがめちゃくちゃ出てくる!なんだこれ!ってなってしまったんですね。

ああ勿体無い。

 

「でもそれによって興味が持てたんでしょ?だったら予告の意味を成してるじゃん」

と思われると思いますが、そう、宣伝のためには予告は絶対に欠かせないものでしょう。

予告を作らず宣伝するなんてまず無理ですからね。

だからぼくは、別に予告そのものの存在を否定しているわけではありません。

 

ではなんなのかというと、ぼくは映画が好きで、予告を見ようが見なかろうが、どうせ興味ありげな映画はいずれ観ることになる、だったらば、予告などの映画の前情報を取り入れる必要は一切ないであろうと思うわけです。

昔は見まくってたんですけどね。

 

「え?でも予告見なくちゃその映画の存在も知れなくない?」

と思われるかもしれませんが、それは大丈夫、話題の映画の存在の情報は勝手に入ってくるから。

どこかでは入ってくるから。

予告は見ずとも、映画を観に行ったときにポスターをなんとなく見てたら興味のあるものもあるし、『カメラを止めるな!』みたいに友達から教えてもうパターンもあります。

友達にあらかじめ「映画の情報は教えないで!」と伝えておけば、「面白かった」という事実だけ知れますからね。

あとはアカデミー賞の類で名前の挙がったものを観るとか。

 

「でもそれだと見落とす話題作も出てくるんじゃないの?」

と思われるかもしれませんが、それは全くおっしゃるとおりでございます。

『カメラを止めるな!』もたまたま久しぶりに友達たちと遊ぶ機会があったから知れたというだけで、それがなかったらその存在を知ることはなかったでしょう。

しかしながら、それは甘んじて受け入れることにしています。

というのも、「話題作を見落とす」ことよりも、ぼくにとって「予告映像でネタバレ食らう」ということの方が圧倒的に避けたい重要なことなのです。

 

「うーん、でもそんなに予告でネタバレってあるかなー」

と思われるかもしれませんが、ぜひ何か一本試してみてほしい。

スーパーサイヤ人というものがどんな存在か、そもそも存在するのかすらわからずにフリーザに挑み、負けかけ、クリリンの死によって怒った孫悟空がゾワッとスーパーサイヤ人に変身したとき、当時のジャンプ読者はどんな思いを抱いてそれを読んでいたのか。

そんなワクワクを100倍にして想像してほしい。

『ターミネーター2』を、シュワちゃんとパトちゃんのどっちが味方かわからない状態で観てみてほしい。

『ジュラシック・パーク』を、恐竜の映画だと知らないで観てほしい(無理か)。

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』を、あの大人気ヒーローが久しぶりに参戦!ということを知らないで観てほしい。

というか、ぼく自身がそういう状況で観てみたかった。

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で、それまで絡んだことのなかったヒーロー達が集まって会話するシーンにぼくがどれだけ興奮したか。

 

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理由2 ミスリードが怖い

理由1がだいぶ長くなってしまいましたが、続けましょう、映画の情報を取り入れない理由2つ目。

「本編の印象と違う予告が多数あるから」

です。

 

具体的には『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が最たる例ですね、あれは本当に酷かった(映画自体が悪いわけではない)。

 

細かい例を挙げるならば、『インセプション』では「インセプション」という言葉がアイディアを「植え付ける」ことではなく「盗む」と説明されているし、『ソーシャル・ネットワーク』では6億ドルの請求を自腹で支払うと言ってることになってたり。

『シェイプ・オブ・ウォーター』は、(本編を観終わったあとに予告をチェックしてみたのですが)半漁人の血の手形が映るシーンがあると思うんだけど、あれでみんな半漁人の身に何かあったのでは?と思っちゃうんだろうなーと思いました。

 

要するに「嘘」が多い、というのがぼくの映画の予告の印象なのです。

「嘘」とまで言わずとも、悪意のあるミスリード。

それによって期待値を上げ過ぎて肩透かしを食らうこともあるだろうし、思ってたのと違ったことによる肩透かしもあるでしょう。

 

例えば『ヒューゴの不思議な発明』は多くの人がファンタジー映画だと思ったと思うし、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は少年とトラがどんなようにして友情を育んでいったのかという純粋なサバイバル的アニマル映画だと思った人は少なくないと思うのです。

まさに「思ってたのと違った」ですね。

 

予告の話とはまた違うのですが、ぼくは『スタンド・バイ・ミー』をきっと『グーニーズ』みたいな映画だと勝手に勘違いして観てしまって、「思ってたのと違った」という印象を受けたことがあります。

「んーなんだかワクワクが足りない」と思ったんですよね。

でもネットで『スタンド~』の感想を読んだりして、どうやら『グーニーズ』とは楽しみ方の違う映画だったみたいだぞということを知り、改めて再鑑賞して大好きになった映画なのです。

それくらい「思い込み」は余計な感情だとぼくは思うのです。

「先入観」と言ってもいいですね。

楽しめる映画も楽しめなくなっちゃう。

 

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まとめ

以上、2点。

「ネタバレしてほしくない」

「ミスリードが怖い」

ということでした。

 

繰り返しになりますが、映画の予告自体を否定しているわけではありません。

『マネー・ショート~』は本当にがっかりしましたが、映画を売れさせるためにはある程度は仕方がないことなのでしょう。

でもだからと言って、それが映画の為に良いとも思えない。

だから、そういう予告が流れることは仕方なしとしながら、じゃあぼくは自発的にその予告を見ないように努めようではないか、とそんな風に発想して今のスタイルに落ち着いたのでした。

 

現状、それで特に後悔をしたことはないので、ぼくはこれからもこのスタイルを貫くつもりです。

映画好きでありながら、映画の情報をシャットアウトする。

一見矛盾しているようだけれど、それこそが映画を最高に楽しむ方法だとぼくは信じております。

 

あ、デメリットはあれですね。

映画仲間と映画の情報を共有できなくなる、ということですね。

ぼくは映画仲間(友達)が一人しかいないので、別にそこに何の問題も感じていませんが、映画仲間と交流が多い人はこのスタイルは採用しない方がいいんでしょうね。

 

逆に、ぼくみたいに単独で映画をコソコソと楽しんでる人であれば、ぜひ試してみてほしいスタイルです。

 

今度やる『シュガー・ラッシュ:オンライン』も、心の底から予告を見てしまったことを後悔しました。

本編で驚いて、思わず「すげぇ……」と言いたい。

 

それがぼくの願いです。