伊藤万理華 『トイ』のにわかによる解釈

伊藤万理華 『トイ』のにわかによる解釈

前に、元『乃木坂46』の伊藤万理華ちゃんの『はじまりか、』という動画にとても感銘を受けた!というようなことを書いたのですが、それから彼女にちょっと興味を持ったので他の動画もいくつか見てみました。

その内の一つが、この『トイ』


伊藤万理華 『トイ』

 

さあこれは一体どんな音楽が流れてどんな映像が繰り広げられるんだろう、と『はじまりか、』のような動画を期待して、だいぶワクワクして見たのですが、なんだこれ、全然わからん(爆)。

思ってたのとは大きく違ってて、かなり呆気に取られたのですが、しかしこれはこれで一体どうして、ずいぶん意味ありげなもののような気がするではないか。

そんな風に思い、動画のコメント欄を見てみたのですが、やっぱりいろいろな方がいろいろな解釈をしているようでした。

 

そのいくつかの解釈を参考にしながら、ぼくなりの

「多分こういうことなんじゃないか?」

という解釈を考えたので、少しだけお付き合いくださいませ。

 

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『トイ』=離れて行ったファンへ(?)

まず、こちらの動画は

伊藤万理華の個展「伊藤万理華の脳内博覧会」にて使用された

ということで、どのような形で流されていたのかはわかりませんが、とにかく彼女、伊藤万理華ちゃんの考えていることと取って間違いないかと思います。

ちなみに『はじまりか、』も同じ個展で流されたものだと聞きます。

 

その2つを見比べて思ったのは、『はじまりか、』は

「今まで応援してくれた、そして今も応援してくれるファンの皆様へ」

という動画であるならば、『トイ』は

「応援してくれていたけど離れていってしまったファンの方へ」

という動画なんじゃないかな、と思いました。

 

伊藤万理華 『トイ』の解釈

まず冒頭。

紫の色で始まります。

これは「乃木坂のイメージカラー」と言っている人がおり、なるほど、乃木坂に詳しくないぼくはそのままその解釈で行くこととします。

乃木坂46のメンバーとしての活動がスタートした、と。

 

次に男の人に乱暴されています。

これが離れていくことになるファンの方、というのがぼくの見方。

 

彼女は嫌がっているけれど、求められる。

この場合の求められるは体目当てとかそういうことではなく、もっと大きな意味です。

アイドルとしてこうしてほしい、とか、乃木坂だったらこうしろよ、とか、わかりませんが、きっといろいろな要求の声があったんじゃないでしょうか。

 

乱暴されて車から投げ出されますが、それでも彼女は笑顔で応えなければなりません。

だってアイドルだから。

服がたとえ汚されようとも、化粧を崩されようとも笑顔で応える。

 

その後、怪我した足で歩き出しますが、これは様々なコンプレックスを表してるのかな?

これだけちょっと解釈怪しいけれど、多分、それでも一生懸命歩いたということ。

 

辿りついた鏡の前で化粧を整える、精一杯おめかしをする。

そんな自分が別の鏡にふと映る。

「こんなんでいいの?」

とまるで自分の本心が問いかけてくるようで、気になるけれど

「見んなよ」

と自分で自分をねじ伏せるかのように更に化粧を塗りたくる。

こうするしかないんだ、と言わんばかりに。

 

しかし、おめかし中にも関わらず、男は行ってしまう。

精一杯やれるだけやって、期待に応えようとしていたけれど、男、つまりファンだったその人は愛想を尽かして行ってしまった。

 

自分の私物が乱暴に車から放り出され、汚される。

これは自分の大切なもの、プライドとか、こだわりとか、宝物とか、そういったものが誹謗中傷などによって汚され傷付いた様、かな?

吐き捨て、行ってしまった。

 

それをくたびれながらも拾い上げる。

 

それでもアイドル人生は続く。

全部投げ捨て踊る。

絶望を感じたって踊る。

コンプレックス(さっきの足の怪我)を抱えながらだって踊る。

ここでいう「踊る」は、純粋な踊りとしてではなく、アイドルとしての活動を体で表現している、ということ。

 

踊っていると、また別のやつが現れて邪魔者扱いしてくる。

それを無視して踊る。

「いいから黙って見てろ」

と言わんばかりに踊る。

 

車(に隠れたやつ)の上に乗り、更に踊る。

電灯がスポットライトのようにあたる。

 

車から下り、まるで車を睨み付けるかのようなカットが入る。

「どうだ」

と言わんばかりに。

 

でもその光を当てないでほしい。

 

更に踊る。

疲れても踊る、疲れ果てても踊る。

 

音楽が切れると、倒れるように踊りをついに止めた。

踊るのはここまで。

 

辛かった、苦しかったアイドル人生(という側面を表した)夜が明け、朝になる。

顔のラメ(?)は落ち、アイドルではなくなったその顔に朝日があたる。

開放感と爽快感を感じえながらも、どっと悲しみが押し寄せる。

いろいろな感情が入り混じり、とても言葉にできない。

 

「バイバイ」

明転、白色。

伊藤万理華は乃木坂ではなくなった。

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まとめると

つまり、本当は愛してほしかった、と。

みんなに受け入れてほしかった。

だからいろいろなことを考えて、期待に応えられるように頑張ったけれど、それでも伝わらない。

本当ファンって勝手だよね、って。

 

でも踊ったよ?歌ったよ?頑張ったよ?

ついに離れて行ったあなたは戻ってこなかったけれど、わたしは頑張った。

 

でもアイドルもこれで終わりだから、もう本当にこれでわたし達終わりだね。

バイバイ。

 

みたいな。

 

ファンの方はご容赦を

さて誤解のないように改めて言っておきますが、変わらず応援してくれているファンに対しては『はじまりか、』です。

今まで本当にありがとう、そしてこれからも良かったら応援してくださいね、と。

 

対して『トイ』は、わたしを見捨てたかつてのファンに対して(だと思う)。

トイとはつまりおもちゃですから、彼等にとってわたしはおもちゃのような存在でしかなかった、という意味合いが込められているのかな。

苦悩という意味で「問い」でもあるかもしれません。

 

という感じで、伊藤万理華ちゃんはおろか、乃木坂46すら完全ににわかなぼくが考えたことですから、だいぶ穴があったり、解釈のズレがある点もあると思いますが、外野から見たところ、こんな感じの印象を受けました。

晴れやかで、煌びやかで、憧れの対象としているアイドルだけれど、その裏では同じ人間としての苦悩がある。

いや、比べられることではないかもしれないけれど、きっと一般の方よりもプレッシャーという意味では大きなものを抱えているのでしょう。

 

そのことを『はじまりか、』を踏まえた上で『トイ』を見て、勝手に解釈して、勝手に感じたのでした。

 

ちなみに、他にも動画はいろいろ見たけど、伊藤万理華ちゃんは演技が上手なんだね。

負けずに頑張ってほしいものです。