作曲に関するセオリーとユニークのジレンマ

作曲に関するセオリーとユニークのジレンマ

こんばんは(こんばんは

 

「作曲ソフトの扱いが難しい!」

という話をしたけれど、そもそもとして、ぼくは言うほど作曲が得意ではないのであった、ということを思い出しました。

 

できるけど、得意じゃない。

 

できるのに得意じゃないとはこれいかに?

 

実はぼくが一番悩むのはコード進行。

「実は」っていうか、結構多くの人が抱えてる悩みだったりするのかな、訪ねたことがないからわからないけれど。

 

どんな風に悩むのかというと、コード進行ってもうほぼやりつくされてます。

どんなに奇をてらったところで、それも誰かがやってるであろうコード進行。

逆に誰もやってないであろうコード進行は、必然的に「気持ち良くない」コード進行ですからね。

 

「気持ちが良い」「綺麗」「素敵」「涙が出る」「鼻水が垂れる」

などなどのような感情を揺さぶる最高のコード進行は、みんなみんなやってるコード進行。

 

ここに強いジレンマを感じます。

自分もそこに乗っかるのか、それとも独自性の強いコード進行を探していくのか。

 

綺麗だけどありきたり、なのか。

ユニークだけど気持ちが悪い、なのか。

ユニークで気持ちが良いが最高だけれど、それはきっとモーツァルトがやってるはず。

 

って考えると、自分はどんなのがいいかしら。

そんな風に悩んでしまうのです。

 

昔、バンドをやっていた頃は、そんなありきたりになることがイヤだったので、ありきたりのコード進行を全く勉強せずにいました。

知れば知るほどそっちに引っ張られるような気がして、もうユニークなコード進行は作れないような気がしていたからです。

でも今その頃作った曲のコード進行を見てみると、それはもう酷いものでした。

セオリーを押さえていない無茶苦茶なコード進行です。

 

しかし、それで上手くいく人もいます。

無茶苦茶だけどなんか綺麗になる人。

 

しかし、それは真の天才だと思うのです。

BUMPの藤原さんが作るコードは、あんまり深く研究したことはないので詳しくないけれど、多分セオリーからはかなり外れたコード進行です。

あれはあくまでも藤原さん自身が良いと感じたコード進行を採用しているものであって、「音楽ってこういうものだよね」というものを押さえていない、本当に独自性の強いものだと感じます。

それであれだけ良いと思わせる曲を作るんだから、本当に感性の優れた人なんだなーと思うばかりです。

 

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でね、ぼくみたいな人がそれをやってはいけないとも思うんです。

場合によっては楽器をやっていない人よりも音感の悪いぼくですから、そんな自分の感性を信じていいとは思えないのです。

 

だから、セオリーを学ぶべきなんだろうなーと、今そんな風に考えているところでした。

まず基本だろう、と。

それから崩せるようになればいいでしょう、と。

 

野球もいきなり一本足打法とかやっちゃいけないと思うんです。

サッカーもいきなり必殺シュートとかやろうとしちゃいけないと思うんです。

バスケもいきなりイグナイトパスとかしようとしちゃいけないと思うんです。

ギターもいきなり火付けちゃいけないと思うんです。

 

だから「みんなやってるけれど」ということはこの際、目を瞑り、ぼくもまずはセオリー通りに何か作ってみようかなと思いました。

実は1曲も作ったことがない。

マンガでいうところの「王道で描く」みたいな。

人物描くときもいろいろポージングの練習すると思うけど、いきなり四股は踏ませないと思うんですよね。

 

そうやってから少しずつ、自分なりの好きなものを見付けていこうかな、気長に。

凄い今更だけど。

 

神童と言われたモーツァルトでさえも、初期は誰だかのパクりみたいな曲があったって聞くしね。

そういう経験を踏まえて、自分なりに勉強して、後世に残る名曲を生み出していったのでしょうね。

これだけ便利な時代だし、やってやれないこともないでしょう。

 

あとは時間の問題。

 

というわけで、今日はこの辺で。

 

ノシ