アイディアが思い付かず悩み苦しんでいる人へ

アイディアが思い付かず悩み苦しんでいる人へ

無から何かを作ることは難しい。

それは芸術分野全般で言えることだし、文章にしても同じことだと思います。

 

はい、じゃあ何か書いて、と言われると難しい。

夏休みの宿題の代名詞とも言える自由研究は、自由だからこそ幅が広くて難しい。

何か文章を書いてください、と言われると難しく、むしろ何かのテーマを誰かに提示してもらったほうがでも、いくらか楽だったりするものです。

同じようなことを『いぬまるだしっ』でも言われていたことが思い出されます。

 

芸術分野にも同じことが言えます。

はい、じゃあ音楽作って、と言われると難しい。

それは自発的であっても同じこと。

何も発想のないところから、何かを生み出すことは難しく、0から1にするのが難しいとも言えます。

でもその1さえ生み出せれば、後は芋づる式にアイディアが出てきたりもするんですけれどもね。

 

そういうとき、どんな風に1を生み出すのかというと、何かに触れることが大事になってくると思います。

音楽であれば、何かの音楽をイメージする。

あるいは情景や場面、景色とか世界を思い浮かべて、こんなところでこんなときに流れていそうな音楽を作ろう、とか、まずそういうイメージから膨らませると1を生み出しやすくなります。

 

デザインや絵などの分野も一緒で、何かを見て感じて、それにインスパイアされるものであると思います。

 

だから、何かで1を生み出したいときは、とにかくいろいろなことに触れること。

そしてこの場合の「いろいろ」には、特定のジャンルはない。

音楽で何かを閃きたかったとしても、それが音楽で何かを得る必要はなく、先にも書いたように情景を見て何かを思い付いたりもすることでしょう。

反対に、音楽を聴いて何か絵を思い付くこともあるでしょう。

 

漫画の神様と言われる手塚治虫先生も、漫画家を目指す人にこんな言葉を残しています。

君たち、漫画から漫画の勉強するのはやめなさい。

一流の映画をみろ、一流の音楽を聞け、一流の芝居を見ろ、一流の本を読め。

そして、それから自分の世界を作れ。

素晴らしいアイディア、発想というのは、凝り固まったコンテンツから生み出されるものにあらず。

多種多様で多方面に、万に通じてこそ世界は開ける。

 

勉学をする理由はそこにもあるわけですが、勉学の話は今は置いておきます。

 

そうやって世界は作られるものだと思うし、世界は深いものになる。

 

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だから、まずは世界を見ること。

世界を広げてみること。

 

その上で、きっかけを与えること。

男女が交じり合って子供ができるように、それ単体で生み出すことは難しい。

君にパートナーとも言える何かを落とし込んでみる。

そこから何かしらの化学変化が起き、何かが生み出されるものです。

 

ぼくが文章を書く場合、何もないところから書こうと思うとやっぱり難しい。

それだったらば、映画を観たり、漫画を読んだり、本を読んだりしていろいろなことを思い感じ、

「こんなことを伝えたいな」

という発想を得ることができたとき、それはとっても書きやすい文章になります。

 

「無から何かを生み出そうとしないこと」

これは、ぼく自身へのアドバイスでもあると共に、同じく何かを生み出すことに酷く苦しんでいる人に届いたら嬉しいなーという思いから書かれたものです。

 

たくさんのことに触れるとそれの真似になってしまいそう、ということを恐れて触れられないという人もいると思いますが、大丈夫、このインターネット時代に、何にも似てないものを作ることはほぼ不可能です。

どっち道何かに似てしまうのであれば、たくさんのことに触れたほうが絶対にいい。

 

そしてもし本当に自分だけの独創的な何かを作りたいのであれば、それこそその分野に長けて

「これは誰もやっていないんじゃないか?」

ということを自分で見付けていく必要があるでしょう。

 

それには当然、勉強が必要だ。

もちろん広い意味で。

「学校」という小さな範囲での意味では決してない。

 

好きなことにたくさんたくさん触れてみること。

それで十分開けるものです。