作曲に才能は必要ない!

作曲に才能は必要ない!

作曲に才能は必要か

何をするにも、才能がある・ないという話は出てくるものですが、特に芸術分野ではよく話されることだと思います。

それが音楽ともなれば、無形のもの、つまり目にも見えない手にも取れないものを作るわけですから、ことさら才能に左右されるんだろうと考える人は多いでしょう。

でも実は作曲って、才能がなくてもできることなんです。

 

スポンサーリンク

ぼくと音楽(作曲)

少しぼくの小学生のころの話をさせていただきます。

ぼくはゲーム『FINAL FANTASY』の音楽が弾きたくて、独学でピアノ(正確にはエレクトーンでしたが)を弾き始めました。

特にピアノ教室に通うなんてこともなかったし、自分で率先して弾きながら、わからない記号などは母親に聞いたりして、楽しく健やかに音楽に触れたものでした。

 

すると、ぼくがあんまりにも熱心に音楽に興じているものですから、父親が

「自分で作曲してみたらいいんじゃないか?」

と言うようになったのです。

 

そう、一度ならず何度も。

 

しかしそんなぼくは、オリジナルのものを作るのがとにかく苦手でした。

例えば一番上の兄はオリジナルキャラでマンガを描いたりしてましたし、二番目の兄もブロックで遊んだりするとオリジナルロボットを作ったりしていました。

ぼくは彼等のように自分で考えて何かを生み出すということがとにかく苦手で、冒頭でも書いたとおり、無形の音楽を作るなんてことは絶対に無理だと思っていました。

 

それでも興味はありましたから、父親の携帯電話の作曲機能でいろいろいじったりはしたことはあったのですが、やっぱりダメだったのです。

 

そんなぼくが作った曲

そんなぼくも今では作曲ができています(良い悪いは別にして)。

 

さあ、こんなぼくは作曲の才能があると言えるでしょうか?

というと、そんなことはないと思うんです。

 

才能がない人の戦い方

恐らく世間一般的に「才能がある」とされる人は、ぼくの兄等のように、考えずに自然とそれを生み出せるタイプの人のことを言うと思います。

 

一方ぼくはそれができなかったので、音楽理論を勉強して作れるようになったタイプです。

つまり、(自分で言うのもなんですが)才能ではなく努力で作れるようになったということですね。

 

音楽は努力で作れるようになります。

それはなぜかというと、音楽という無形のものであっても、理論的にその構成が確立されているからです。

 

例えばこんな雰囲気の曲を作りたければ、こんなコード進行で、こんな風に作りましょう、とか。

人が「良い」と感じるコード進行の流れはこんな感じです、とか。

そんな風に、いろいろなパターンの音楽があれど、そのほとんどの仕組みが理論的に解明されていて、それを基に誰でも音楽を作ることが可能なのです。

 

スポンサーリンク

久石譲さんの言葉

それを裏付けるかのように、ジブリ音楽で有名な久石譲さんもこんな風に言っています。

音楽っていうのは、96%まで技術です。

(譲さんはもっと大きな意味で言っていると思いますが)

 

ここで言う「技術」とはつまり、音楽理論のことを言っているとぼくは解釈しています。

そして残りの 4% に個性が宿るんだ、と。

 

もちろんこの言葉に反対する人もいるでしょう。

音楽はあくまでも芸術で、自分の感性をフルに生かしてこそ自己表現になるんだ、と。

 

でもそれができない人もいます。

ぼくみたいに。

 

そういう人は久石譲さんの言う「技術」を磨いて、そういう作り方をしてもいいと思うんです。

そこに才能は必要ないのですから。

 

良し悪しは別

誤解のないように言っておきますが、できた音楽の良し悪しは才能に左右されると思います。

ただ、ここではあくまでも、純粋に「音楽を作る(作曲する)」ということに限った話をするならば別に才能は必要ないですよ、ということが言いたかったのです。

 

ぜひ小学生のときのぼくのように「作曲なんて無理だ」と感じている人に、この言葉が届けばなと思います。