大人の友達と変化に伴う結果についての話

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今日はかつての仕事仲間に会いました。

まだ離れてから数ヶ月しか経っていないので、特に違和感を覚えるタイミングというのはないのですが、これがもしも更に何ヶ月も、何年も経っていくとどんどんとギクとシャクとしてしまうのだろうかと、少しだけ不安になります。

 

まあもちろんそれは人によりけりだし、どれだけ親しいかとか、どれだけ相性がいいかとか、いろいろな条件があるものだと思います。

それで考えると、なるほど、あまり心配はいらないような気がしてきました。

 

それよりも、むしろ地元の友達の方がもしかしたら違和感を覚えるタイミングというのは、多いのかもしれません。

というのも、大人になってから知り合って友達になった人って、お互い大人ですから、もうそこからの大きな変化って訪れないと思うんです。

絶対ではないけれど、子供が日々成長する様子と比べて、大人の変化は微々たるものかと思います。

 

その証拠に子供の頃の親友ってすぐに変わるじゃないですか。

もちろん変わらぬ友達もいっぱいいるけれど、時期によって、学年によって一番仲良くしてた友達って変わると思うんです。

少なくとも僕は変わってたし、他の友達も変わっていたように思います。

それはクラスのメンバーだとか、席順にも左右されるところかとは思いますが、その時に何が好きで何にはまってるかとか、そういうものによっても仲良くする相手は変わるのかなと思います。

 

そういう経験を経て、ある程度の人格が出来上がった大人達というのは、大きな変化を起こさないものかと思います。

脳科学的に言っても、きっと確か脳は大きく変化しないと言われていたように思います(確か)。

 

だから、そうやって出来上がったもの同士で知り合って、運よくウマが合って、仲が良くなったのだとしたら、それは一生もんの友達になりうるとも言えるのかもしれません。

もちろん「これで安心だ」ということでもないですし、例えば僕が人間ならざる犯罪を犯した日には、誰も僕に寄り付かなくなることは目に見えています。

し、相手がどんなに仲の良かった友達であったとしても、その人がとんでもなくアホなことをした日には、少なくとも同じように接することはできないと思います。

先の例で言うならば、もうそれでその人は出来上がってしまっているのでしょうから。

それが子供のうちだったらまだ更生の余地がありそうなものですが、大人の悪いことって実は正すのが難しいのかもしれません、と今書きながら思いました。

大人の方がよく物を考えるし、理解力もあるでしょうから、一旦は反省すると思うのだけれど、果たして根本から覆すことはできるのでしょうか。

脳のシステムを変えることはできるのでしょうか。

 

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ともすると、今仮に怠惰な一面があるのだとしたら、なるほど、それも直すのは難しそうだということがわかります。

僕は自分のことで「なんてダメなやつなんだ」と思うような点がいくつかあります(卑下しているわけではない)。

単純に直したいと思うことがいくつかあるのだけれど、それがいかに難しいことであるかということを、僕は自分で自分に諭しているのかもしれません。

 

難しいのであれば、それ相応の努力が必要そうです。

そういう本も読んだことがあるけれど、そうだ、人間の脳は意外とアホなんだった。

理屈でわかってることも、本能には叶わない。

そういう側面がある。

 

のなら、その本能の方から作り変えなければならないんだけれど、ああ難しい。

書けば書くほど難しそうだなーということを噛み締める思いでありまする。

 

その結果、仮に僕が今までの僕でなくなるのだとしたら、今の友達は何を思うでしょうか。

友達でいてくれるでしょうか。

それは僕次第でもあるし、相手次第でもあるから、考えるだけ無駄なんだけれど、考えてもしょうがないのなら、僕は僕の望む形を取りたいと思います。

 

やれるだけやって、後はその時次第。

人間にはそれしかできない。

そんな風に思います。

 

でもやれるだけのこともやらないで、その時次第というのは良くないと思いますから、僕はやっておきたい。

そしたら後は君次第。

 

僕次第。

 

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