レベル1の最強装備より、レベル99の素手の方が強い話

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こんにちは。

今ピアノで弾きたい曲に『星降る峡谷』という曲があります。

 

これはゲーム『FINAL FANTASY VII』の曲の、ピアノアレンジコレクションなるものに収録されてるものなんですけど、実は数年前までは弾けてたんです。

でも長いことこの曲を弾いていなかったら、すっかりと忘れてしまったのでした。

 

しかしながら、じゃあ昔よりピアノが下手になったのかというと、ぼくはそう感じていません。

ピアノの演奏自体は前よりも上手くなったという自負があります。

じゃあ『星降る峡谷』はどうしてしまったのかと言えば、単純に忘れただけだ、と自分では思っています。

 

ぼくはよく、脳というのは台所みたいなものだ、という例えをします。

知識が材料で、考えることが調理(料理)すること、という具合に。

それで言うと、ピアノの演奏技術は料理に当たることであり、楽譜を覚えてるかどうかは単なる知識の部分である、という解釈です。

だから、たとえ曲の内容を忘れてしまったとしても、それが演奏技術の低下だとは思っていないということですね。

 

昔はせっせと曲を覚えることだけを考えていました。

できるだけ弾ける曲を増やして、自分でこれだけ弾けるようになったぜ!えっへん!と思いたかったのです。

けれども、今の考え方は少し違っていて、できるだけピアノの演奏技術そのものを伸ばしてあげて、それからバリエーションを増やそうと考えています。

その方が本当の意味で「ピアノが上手になった」と思えると思うからです。

 

読書や映画鑑賞なども一緒でしょう。

どれだけ数を読んだか、どれだけ数を観たか、ということに捉われがちな人もいると思いますが、数が少なくたっていいから、その中でどれだけ内容を深く落とし込んだかということの方が、数を追い求めるよりも意味のあることだとぼくは思います。

もちろん数が多くて深ければ一番ですが、人生は有限ですからね。

 

だし、数を知るからこそ見えてくる景色もあるでしょう。

深め方を知ってる人はその限りではないですが。

 

例えば、映画が大好きで、映画を何本も観たとする。

何本も観たことによって造詣が深くなったとします。

そうやって深みの楽しみ方を知った人というのは、たとえ映画という分野を越えたって、その別の分野でも深みを楽しむことができると思うんです。

 

ぼくはまさに映画で深めた口ですが、なんかもう全部面白いですよね。

小説も、ゲームも、音楽も。

 

これがまさに、脳内で行う調理(料理)にあたると思うんです。

一度調理上手になってしまえば、どんな材料を取り入れたとしても、自分で美味しく作っちゃう。

そういうことができるようになると思うんです。

 

だから、ピアノだってそうだし、ギターだってそうだし、スポーツ全般もそう。

まずは自力を付けて、それからいろいろ詰めたらいい。

 

ゲームで例えるならば、レベル1のやつがどんなに最強武器を装備したところで、レベル99の素手には勝てないということです。

それこそワンパンです。

ワンパンマンがワンパンで敵を倒すのは自力が最強だからです。

武術とかそういう技は一切必要ないし、武器の類も必要ない。

 

結局のところは、自分っていうプレイヤーの自力レベルをどれだけ上げられるか、ということになるのだと思います。

それにはうわものばっかり載せても意味がないし、付け焼刃の技も意味がないし、どんな最強武器を装備したって意味がない。

だってそれではプレイヤー自身のレベルは変わらないから。

レベルを上げるには、少なくともスライムを倒さなければならない。

つまり積み重ねという努力によってしか、自力を上げることはできないんだ。

 

と、なんだか少し熱っぽくなってしまいましたが、とりあえずはまあだから、音楽的な能力を伸ばすことに専念してるところでした。

まあ映画も観るし、本も読むけれど、比重は音楽に偏ってます。

ゲームはお休み中(本当はやりたい)。

 

例の『星降る峡谷』はじっくり取り戻すつもりで、とにかく自力を付ける。

音感的にも少しだけ相対音感が養われてきた気がするので、まだまだ伸ばすつもり。

それで歌も上手になったらいいなー。

 

というわけで、今回はこんなところで。

 

では!

 

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