まだまだ足りない言の葉達

まだまだ足りない言の葉達

それからだったかどうだったか忘れてしまいましたが、ぼくは言葉が好きです。

普通の言葉も、素敵な言葉も、変な言葉も、妙な言葉も、一緒か。

 

ぼくがまだ小学生だったとき、ぼくが「いわゆる」という言葉を使って母は驚いた、という話をよく母にされます。

「いわゆる」くらい小学生でも使うでしょ、と思うんだけれど、そういえば何かの言葉で父親にも言われたことがありました。

「よくそんな言葉知ってるな」

と。

 

友人のマライアにもそんな評価をいただいたことがあったような気がする。

確かトイレに行くとき「おしょすい」って言ったときだったかな。

「おしょすい」っていう言葉をどこで覚えたのかはわかりませんが、調べてみたら仙台弁らしく、「恥ずかしい」という意味らしいです。

ぼくは「おしっこしてくる」という風に解釈していたのですが、なるほど、恥ずかしいか。

 

『BECK』っていうバンドマンガで帰国子女のキャラがいて、「厠」という漢字を読めなかったんですね。

ぼくも読めなかったんですけど、ちゃんと「かわや」っていう解説がされて、それもぼくは面白くて多用していた時期がありました。

厠とはつまりトイレですね。

 

一応言っておくけれど、別にぼくはトイレが好きなわけではない。

 

カルゴっていう友人もいて、彼はアジカンが大好きでした。

それでよくボーカルのごっちさんの話を聞いていたのですが、ごっちさんはなんでも「まだまだいろいろな言葉を知りたい」と言っていたそうです。

カルゴは

「もうあれだけの歌詞書いてるのにまだ知りたいんだってよ!」

みたいな感じで興奮気味にぼくに教えてくれたものでしたが、ぼくもごっちさんと同じような気持ちです。

 

まだまだ知りたい。

取り立てて勉強しているわけではないですが、気持ちとしてはそんな感じ。

 

だから、小説とか読んでて、今まで聞いたことのない表現を見つけたときはメモしてます。

これは昔からですね。

メモするの、忘れないように。

 

ただ、最近やった『スーパーマリオRPG』で凄く面白い文章があったんだけれど、それをメモするのを忘れてしまったんだ。

またやり直すつもりでいるほど、その文章は面白かった。

ぜひ真似したいレベル。

 

「いやそんなに面白いんだった覚えてろよ」

と思われるかもしれませんが、あれは言葉が知らないとかそういうことじゃなかったんですよね。

言い回しが面白かったの。

でもどんな言い回しだったかが思い出せない。

 

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言葉、というか文章は、同じことを伝えるにしても、順序が違ったりするだけで印象が変わったりします。

「AよりBの方が似合ってる」

のと

「BよりAの方がダサい」

では印象が違うのは言うまでもないでしょう。

 

「デブだけど素敵」

「素敵だけどデブ」

でも違いますね。

 

こういうのは日常会話だととっさに出てきてしまうものだけど、文章は推敲ができるから、ある程度考えて伝えられるのが面白いですね。

 

あと「少年漫画」は少年のものなのに、「美少年漫画」は少女のものなのも面白いですね。

逆もまた然り。

「少女漫画」は少女なのに、「美少女漫画」は、あれ?少女のもの?

セーラームーンって美少女戦士?

 

じゃあこの話はなかったことにしよう。

 

少し表現が違うだけで与える印象が違う。

言葉は知ってるだけ知ってるほど表現の幅が広がりますから、ぼくは語彙力って凄く大事だと思うんです。

美味しいものも美味しくないものも「ヤバイ」で片付けるようじゃあ表現力が豊かとは言えないでしょう。

 

知ってる言葉の数だけ考えられることも増えるものですから、言葉の数は思考力と相関関係にあるとも思う。

どんな風に嬉しくて、どんな風に悲しくて、どんな風に考えて、どんな風に思い至るのか。

自分を知ることと同時にそれを表現する種類も豊富であれば、人は少し違った見られ方をされると思う。

もちろん良い意味で。

 

ぼくもまだまだ深めたい思いであります。

 

日本語が好き。

 

でも国語が苦手だったなー(遠い目)。