学校の勉強は役に立たないけど勉強自体は変わらず必要

学校の勉強は役に立たないけど勉強自体は変わらず必要

学校の勉強は役に立たない

インターネットが発達し、便利になり過ぎた昨今、もう学校に行く意味なんかないんじゃないか?などとささやかれているような気がして、本当に意味がないのか考えてみました。

 

結論から言うと、確かにもう学校の勉強にはほとんど意味なんてないとぼくも思います。

いや、もしかしたらもうずっと前から意味なんかなかったのかもしれません。

 

勉強したことの大半は社会に出ても使うことはなく、そのほとんどは忘れ去られてしまいます。

ともすると、ぼく等は一体なんのために勉強をしてきたのでしょうか。

中学を出て、高校に通う為?

高校を出て、大学に通う為?

大学を出て、会社に入る為?

そんなことの為に、どうせ忘れることをせっせと詰め込もうと、時間と労力とお金を無駄にしてきたのでしょうか。

 

「社会に出てその知識が役立つ人もいる」

という考え方も確かにできますが、それは結果論だと思います。

 

そんなことを言ったら

「社会に出てその知識がなんの役にも立たない人もいる」

も成り立つはずです。

成り立つだけに留まらず、ほとんどの人にとって役に立たないわけですから、じゃあそういう人達の気持ちはどうしてくれるのか(誰が

 

過去を振り返ってみてもそう言えると思うのですが、今はパソコンだけに留まらず、アイフォンをはじめとした携帯機器でいくらでも調べ物ができるので、知識を蓄えなくてもよくなったことも大きいでしょうか。

そのことが「学校」という絶対的な存在を揺らがしている気がします。

 

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勉強自体はまだまだ必要

しかしながら、じゃあそもそも勉強自体が意味ないんじゃないか、という風に考える人もいるかもしれませんが、ぼくはそうは思いません。

確かに学校の勉強は意味がないと思いますが、自分が興味・関心を抱いたことを勉強することは、とてもとても大事なことだと思います。

 

前に『2つの頭を良くする方法』という記事を書きましたが、そこで書いたとおり、物を考える為には知識が必要です。

いくら「調べればすぐに知識を得られる」からと言って、知識がない状態では大した物事は考えられません。

だから、絶対的な意味での「勉強」は、変わらずずっと必要になるでしょう。

ただ、その「知識」が学校での勉強であることにこだわる必要はないでしょう、ということです(大概、興味のあることはやりませんからね)。

 

未来ではどうかわからないけれど

もちろん20年、30年と経ったとき、いわゆるAIと呼ばれる人工知能が発達したときに、その「物事を考える」という能力が必要かどうかはわかりません。

もしかしたら自分達で考える必要もなく、人工知能が全部考えて、全部答えを導き出してくれるかもしれないからです。

 

でも今はまだ2017年。

まだまだ人間が考える必要がありますから、物事を深く考えるという能力は、これから生きていくうえでとても大事なことになると思います。

そういった意味での勉強は、きっとまだまだ必要です。

必要というか、そうした方が有利になる。

 

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あくまでも理想論

でもこれは、ただの理想論でもあります。

例えば

「学校の勉強なんか意味ない」

「じゃあ学校なんて通わなくていいんだ!」

という発想には、容易には至りませんよね。

 

だって、じゃあ仮に今から大学ないしは高校を辞めたとして、どうやって生きていくのかと考えたとき、そう簡単に答えは出ないでしょう。

ちゃんと就職できるのかなどと、不安が募ります。

だから現状、意味はないと思いながらも、でも将来が心配だから、まあ嫌々だけど一応学校には通ってます、みたいな状態で生きていくことになる。

 

もちろん何かやりたいことがはっきりしているのならば、その関連の専門的な学校を探して、急いでそこに入学するという選択肢もあるかもしれません。

でも誰もがやりたいことがはっきりしているわけではないですし、やりたいことがあったとしても、その望みが簡単に叶うこととは限りません。

 

じゃあ「絵を描いて食っていきたい」と考えたとき、絵の学校に通ったとして、果たして本当に食っていけるのか不安。

むしろ食っていけるなんてとても思えない。

だから普通に普通の学校に通って、普通に普通の会社に入るよ、と。

そういう風な人もきっと少なくないのではないでしょうか。

 

もちろんそれも立派な一つの選択。

だけれども忘れてはならないのは、そのことを諦める代わりに、人生の大きな無駄になる可能性が高いことに、多大な時間と労力とお金を掛けるんだ、ということでしょう。

 

人生の選択

つまり、楽しい(やりたいことだ)けど、食っていけるか不安なこと。

かたや、物凄くコストが掛かるけど、食っていける可能性が高いこと。

この2つを天秤に掛けてみて人生の選択をするべきだと思うのですが、もし仮に後者に傾くのであったとしても、学校はもうできるだけ薄く過ごしちゃって、できるだけやりたいことに注力すべきだと思います。

ただ「高校(大学)卒業」という肩書きが欲しいだけならばです。

 

そうして上手く自分の可能性を伸ばしていきましょう。