今、素っ裸で書いています

この記事は3分で読めます

こんにちは。

文章における軽さってなんだろうと考えた時に、それはきっとここ最近僕が理想として抱いていたものとは正反対の「テキトーさ」にあるのだと思います。

昔にはよく書いていた「会話スタイルで書きたい」というのがまさにそうで、多分何も決めないで書き始めて、偶然的に話が展開することに本当は僕はより強く楽しみを覚えるのだと思います。

 

じゃあテキトーでいて、それでいて濃密になったら面白いんだろうなーと思うわけであって、それにはどうしたらいいのかと言ったら、きっと自力を付けるしかないのでしょうね。

例えば準備をして万端な文章を書くのは、準備が万端なのだからある程度の質を保った文章を書けるのは当たり前なのであって、そういうのとは違い、準備のないままにサササッと書くのにそれがきっと面白かったなら、それはとても面白いんだなあ。

そんな風なものが書けるように練習したいんだなあ。

 

きっとその人の素の実力が出るのだろうから。

 

どれくらいの知識量があって、どれくらいのことを日々考えて過ごしているのかによって、文章から滲み出るものは違い、それはまるで素っ裸のようです。

文章を、服なりなんなりで着飾ることも可能だけれど、素っ裸で素敵だったら、それはもうそれだけで素敵やん?

日々の生活が、習慣が、その人と成りを作るのであって、それと同じようなもので、素っ裸の文章も日々の過ごし方によって変わってくるのだと思います。

 

ちなみに僕は今素っ裸です。

 

いや、リアルの話じゃなくて文章の話ね?

服は着てるよ?

なんなら寒いから着膨れてるくらいだ。

 

今僕の文章はとっても素っ裸。

何も着てはなくて、一部モザイクが掛かる勢いですが、そういう文章だからこそ、そうか、読んでほしくない気持ちがあるのだな、と思いました。

まるで自分の恥部をさらけ出しているようで、準備のない素っ裸な文章は、やっぱりちょっと恥ずかしい。

そんな羞恥心を抱く内は、やっぱり僕の肉体的な完成度はまだまだだということになりますか。

見られて恥ずかしい体をしている。

そういうことになるのでしょうか。

 

いや、ならないか。

 

一部自分の体を人に見せることに強烈な興奮を覚える人もいるようですが、大体一般的な感覚として、人に裸を見られるのは恥ずかしいものでしょう。

それがどんなに綺麗な体であっても、ムッキムキに鍛え上げられた体であっても、素っ裸はやっぱり恥ずかしい。

見られてもいいくらいには仮に準備が済んでいたとしても、どこまで行っても普通は恥ずかしいものです。

 

ともすると、文章を書く際に、どれだけ頭を鍛えて、綺麗で素敵なムッキムキ的な素っ裸文章が書けたとしても、きっといつまでも恥は付いて回るのでしょう。

もちろん、たまには一部ひけらかしたい部位が出てくるやもしれませんが、いつまでも隠しておきたい部分ってのはいつまでも誰にでもあるものです。

それが一体どこのことを指して言っているのかはあえて口にはしませんが、文章で言えば、書きたくない書く必要のないことは、どれだけのフルチンスタイルでもあるものですからね。

 

そんなブルンブルンさせた(何を

文章を僕は今書いている。

 

ああ恥ずかしい(本当だよ

 

そういう文章を嬉々として書いていたあの頃は、多分まだまだ若かったのでしょう。

みんなで素っ裸で野山を駆け回るみたいな、いやそれはしないか、素っ裸で川で遊ぶみたいな、そういう小学生みたいなノリがあったのかもしれません。

羞恥心を抱く前だったのかもしれません。

 

残念ながら今はそれがある。

短パンを積極的に履きたくない。

タンクトップも怖い。

僕はタンクトップマスターにはなれない。

 

いらぬところに毛が生えてきて、ほしいところからは抜けていく。

これが大人になるということなのか、そんな成長と老いを日々感じるものでありますが、心にもそういう部分があって、見せたくない気持ちとかがあって、書けなくなることとかがあって、格好付けてみたくなったりして、ベンチとコーヒーみたいなことを思っては、少しずつ殻が張るような。

ハートに包帯が巻かれていくような。

 

その包帯をゆっくり解いて見せようホトトギス。

なんつって。

 

そういうことなのかな(どういうこと

 

前まで素っ裸だったのに、急に恥ずかしくなって服を着だして、でも素っ裸が恋しかったりして、そんな、子供が大人に憧れを抱くのと同じくらいに大人が子供に憧れを抱くようなことが、もしかして内面的にもあるのだろうかだなんて思います。

外面的にはもう子供にはなれない僕等だけれど、内面的には一部それを思い出すことが出来るのかもしれませんね。

でも一歩間違えたらそれはピーターパンになっちゃうから、気を付けないといけません。

子供と大人の両立。

子供のように楽しめて、それでいて立派な大人がいたら、きっと最高だ。

 

それは一体どんな人だろう。

 

僕も知らないんだ。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。