幸せな人生を送るにはどうすればいいかを考えてみた(暫定)

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こんばんは。

普通、人は幸せになりたいものだと思います。

「幸せ」という言葉では綺麗過ぎて、少し恥ずかしさを感じる人もいるかもしれないけれども、そういう人だってまさか積極的に「不幸になりたい」とはまず思わないでしょう。

誰だって僕達は、できるだけ幸福感に満たされた人生を送りたいものだと思います。

 

じゃあ幸福とはなんでしょうか。

いろいろな人がいろいろな切り口で話をされているとは思いますが、僕が知ってるお話に『瞬間的幸せ』『総合的幸せ』というものがあります。

今日はその2つについて少し考えてみたいと思います。

 

『瞬間的幸せ』とは要するに、「ご飯が美味しい」だとか「ゲームが楽しい」だとか「お風呂が気持ち良い」とか、そういう体験ベースで感じる幸せのことです。

そして『総合的幸せ』とは、「できなかったことが練習してできるようになった」とか「かけがえのない親友がいる」とか「大好きな家族に囲まれている」とか、そういう人生を通して積み重なったものに感じる幸せのことです。

 

僕達にはこのどちらもが必要だと思います。

だって、『瞬間的幸せ』だけだと「今さえ良ければそれでいい」ということになってしまいます。

例えばお菓子を食べることに幸せを感じるとして、その幸せ欲しさに延々とお菓子を食べていたのではたちまち太ってしまうし、健康を害してしまいます。

そうするときっと大概の人にとっての『総合的幸せ』は損なわれると思うのです。

 

反対に、『総合的幸せ』だけを追い求めると、瞬間瞬間を楽しめなくなってしまう。

「健康でいることが『総合的幸せ』に繋がるだろう」と、お菓子も何も食べなかったら、それは我慢の人生です(そもそも食べたいとも思わないというのなら別ですが)。

 

便宜上お菓子で例えましたが、この2つの概念を踏まえた上で、あなたにとっての全ての行いはどちらになるでしょうか。

例えばゲームをすること、楽器を弾くこと、映画を観ること、本を読むこと、友達と遊ぶこと、SNSに浸ること、YouTubeを見ること、音楽を聴くこと、家族と過ごすこと、デートに行くこと、仕事をすること、買い物をすること、釣りに行くこと、考え事をすること、ブログを書くこと、エトセトラ。

日々いろいろなことをしていると思うのですが、どちらかだけを含むもの、どちらをも含むもの、どちらも含まないものがあると思います。

 

じゃあ僕達人間はきっと瞬間的にも総合的にも幸せを感じていたい生き物だから、どちらも感じるものを日々積み重ねればいいんじゃないか?という結論に至ります。

 

例えば本を読むことが大好きで、しかも読んでたら知識も増えて、頭も良くなる、みたいな。

あるいはゲームをすることが大好きで、ゲームの技術なら誰にも負けなくて、高じてプロゲーマーになっちゃった、みたいなこともあるかもしれない。

それは人によって違うんだろうから、各々が見出すことかと思います。

 

でも少なくともどうだろう、仕事ってずっと続けていくことだと思います。

家族ってずっと一緒にいるものだと思います。

この体は生きている以上ずっと使っていくものだと思います。

 

そういう「ずっと続いていく」という事柄に関しては、よくよく吟味した方が良さそうです。

それによって、毎日どれくらいの『瞬間的幸せ』を感じられるかも変わるし、人生の『総合的幸せ』も変わってくるだろうから。

 

幸せを感じる仕事だったらそりゃ望ましい。

幸せを感じる家族と一緒だったらそりゃ望ましい。

健康体で毎日元気溌剌だったらそりゃ望ましい。

 

でもこれが真逆だったらどうだろう。

考えるだけでゾッとします。

 

そしてきっとそれらはお金では解決できないことだろうから、「幸せってお金じゃない」ってことがここでわかります。

もちろん一定以上はあった方がいいし、多少の幸せの上乗せはあると思いますが、絶対的なものではない。

 

というと「いやお金があったら仕事辞められるじゃん」という人もいると思いますが、それだと『総合的幸せ』を失うことになります。

僕達人間は自由を求めるけれど、自由って実は難しい。

というのも、生きる目的がなくなるからです。

 

毎日家族とのんびり過ごす?

なるほど、大いに結構でしょう。

でもその「のんびり」って具体的に何をするのでしょうか。

 

旅行?

じゃあいっそ世界一周旅行でもしようか。

 

じゃあそれが終わったら何する?

 

ゲーム?

じゃあ世界中のゲームをやりつくそうか。

 

じゃあそれが終わったら何する?

 

映画?

じゃあ世界中の映画を観つくそうか。

 

じゃあそれが終わったら何する?

 

釣り?

じゃあ毎日海に行って魚釣りまくろうか。

 

じゃあそれが終わったら何する?

 

(延々続く)

 

要するに、仕事をしないって「暇」です。

仕事をしないと、「暇をどう潰すか」っていうことを考える人生になるわけです。

果たして暇を潰す人生に『総合的幸せ』はあるでしょうか。

 

というと、僕はないと思います。

 

もちろん「時間とお金さえあればこういうことにチャレンジしてみたいのに!」という夢なるものを抱いている人ならば別でしょう。

そこから目的に向かって一直線だろうから。

 

でも「宝くじ当ててー」「お金降ってこないかなー」みたいなタイプの人は、きっと暇になると思います。

そしたら『総合的幸せ』には繋がらない。

 

事実、宝くじの1等当選者の自己破産率は7割以上と言われていることをご存知でしょうか。

恐らくこれは、『瞬間的幸せ』を満たすことにお金を使って、でもそれでは『総合的幸せ』に全然繋がらないからどこか空虚になって、更に『瞬間的幸せ』を感じるものに延々とお金を使い続ける、でも満たされない、という負のサイクルに入るからだと僕は思っています。

 

そんなようなもので、お金さえあればそれでいいということにはならないのだと思います。

愛せる仕事について、愛せる家族・友人に囲まれて、健康でいられることが、瞬間的にも総合的にも幸せを感じられる人生を送れるのではないでしょうか。

 

今のところの僕の結論は、そんな風なものでした。

 

長くなりました。

 

終わります。

 

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  1. 2020年 9月3日