勉強のことと「変なやつ」と思われることについて

勉強のことと「変なやつ」と思われることについて

映画の話をすると、うっかり映画ネタを一般常識のように話してしまうからいけません。

例えば日常生活で、誰かに映画の話をするならば、しっかり相手がその映画についての知識があるかを把握した上で話すものでありますが、ことブログとなると独り言みたいなようなものなので、ついつい知ってる前提で話してしまうからいけません。

 

だし、自分が知ってる範囲内での話しかしないのもいけません。

というのも、前回『マトリックス』という映画の名前を度々出しましたが、実を言うとシリーズ3作ある中で、最初の『マトリックス』しかぼくは観ていないのです。

だから、詳しい人にとってはてんでおかしな例え話とかもしてるかもしれません。

 

という話も、うっかり

「『マトリックス』って3部作なの知ってるでしょ?」

という前提で話してる自分がいることがわかります。

 

ここで一般的な、映画についてあまり知識がない人にもわかるように話すならば、

「マトリックスって『マトリックス』の他に『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューションズ』っていうのもあって、全部で3つあるんだけれどもぼくは1作目の『マトリックス』しか観ていないんだ」

というところまで事細かに話すべきなのでしょう。

 

か?

 

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前提というのは誰とも違うものでありますから、お互いの関係性がある程度築かれていないと、会話というのは実は難しいものなのではないか、などと思います。

ブログも然りでございます。

 

かと言って

「ねえねえ『映画』って知ってる?」

という話は当然しないでしょう。

 

であるならば、一般常識と呼ばれる知識の境界線みたいなものが、どこかにあるとも考えられます。

だけれども、それははっきりとはしないわけですね。

 

ちょうど方言の分布が曖昧なように、ここからここまでが仙台弁でここからここまでが山形弁な!などという境がないように、知識の境も当然ないものであると思います。

世界地図で知識を語るならば、例えばアメリカが映画で、イギリスが音楽だとするならば、ぼくはそんな風にあっちこっちに知識を少しずつ持っているような感じになるのだと思います。

さしずめ専門家はその国に居座っていて、その土地のことをよく知っていて、人のことも知っていて、穴場とかも知っていて、そこに住んでいるような人であると思いますが、ぼくは世界中を旅していて、どこに詳しいというわけではないけれど、各地の巨大都市を少し知っているようなものでありまして、そういった意味では浅くとも多面的な価値観を持っているとも言えるのかもしれません。

 

少し話が逸れましたが、そんな風に考えると、知識とか価値観というのは面白くなると思います。

みんなそれぞれで違う場所の違う知識を持っていて、それぞれの価値観や哲学を養うものであると思います。

その世界が広ければ広いほど、人間としての器も大きくなるのではないか、とぼくは思っているところでありますが、深みを作るのも良いことでありましょう。

 

広げたり、深めたりすることを総称して、ぼくは『勉強』という言葉を使います。

勉強は大事だ、というのは、学校の授業のような、机に向かって教科書とノートを広げていそいそするようなことを言っているのではなく、自分の好きな物や好きな事に対して何かしら知識を得たり考えたりすることを『勉強』と定義しています。

映画が好きなら映画の勉強を、ゲームが好きならゲームの勉強を。

そうしてその分野の世界を知ることによって、広げたり、深めたりすることによって、人間としてユニークになれるものだと思うから、どんどん自分の好きなことに対して勉強をしていくといいと思うんだよね、というのがぼくの持論です。

 

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いよいよ話の方向性がわからなくなってきましたが、無理矢理まとめるならば、遊ぶように学べばいいと思う、ということでしょうか。

ぼくは映画を通して未来のVR、AR、AIのことを考えたりしますが、ゲームで考える人もいるでしょう。

音楽で語る人もいるでしょう。

自分の詳しい分野と絡めると、なんでも話はユニークさを持つものだと思います。

釣りが好きな人がVRを語ったら、当然ぼくとは違う話をするわけでありますが、つまりそれがユニーク性だと思うわけです。

 

ぼくもできるだけユニークでありたいものですから、いろいろなことを勉強して、いろいろなことを考えて、いろいろなことを書きたいなーと思います。

そしてできるだけ多くの人に

「変なやつ」

と思われたいので、ブログを書くときはもうちょっと大衆性を意識してもよいかもわからんね、という話だったのかもしれませんね。

 

さて、全くのアドリブで書き始めたものですから、特に終着点は設けておりませんで、どんな風に終わらせればいいか決めあぐねているところであります。

 

そんなようなブログでありたい、そんなような話ですかね。

 

つまり、考えたことを書くっていう。

 

うーん。

 

普通だな。