どうなるかわからないから作文は面白い

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「せっかく書いたのに全部消すんですか!?」

これは、職場でぼくが一生懸命文章を書きながら、しかし納得がいかず全部消してしまっている姿を何度か見かけた後輩が発した言葉です。

 

「文章のスランプ」なんつって、なんだか文章を書けなくなってしまったように思ったものでしたが、ここ数日また改めて書き続けてみて思ったことは、導入部分で一番悩むんだなーということでした。

それは「何を書くか決まっていない」という場合であってもそうだけれど、「よしこれについて書くか」という風に決まっていたときも同様です。

書くことが決まっていたとしても、ぼくは書き始めに凄く時間が掛かるし、意識を持っていかれる。

 

ついでに言うと終わらせるのも大変。

意外と大変。

音楽もイントロとエンディングで悩む。

 

だもんですから、そのときもぼくは中々納得のいく文章が書けず、書いては消して、書いては消してを繰り返していたのです。

その文章は職場の多くの人の目に触れるものでありましたから、余計に導入部分に気を遣ったのでした。

 

しかしながら、一度入り始めるとあとはしめたもの。

スラスラと、スラスラと書けるのでした。

 

それが、ここ最近のブログにも同じ傾向があったのです。

確かに書いては消して、書いては消してを繰り返しすんだけれども、しかし導入部分にあまり重きを置かず、何かしらポンと置くことができたとき、あとは勝手に文章が紡がれていきます。

 

この記事に関しても、書けることはたくさんあるんだけど何を書いたらいいものか、ということに少し悩んだのですが、ふとぼくと後輩のやり取りを思い出し、それをとりあえずでも書いてみると、意外と書くことがあったので、こんな風に文章が書かれるようになったのでした。

 

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ぼくは未知なるものが好きです。

映画は前情報を一切取り入れないようにしているし、ゲームなども同様です。

できる限りの情報を削ぎ落とした状態で臨み、たくさんのことにびっくりしたり、多くのことに喜びを感じ、感動したいのです。

 

文章を書くのがやっぱり好きだなーと思いながら書くときというのは、やっぱり書くことが決まっていなかったりするときです。

導入部分は絶対に何かしらの、(ハゲの話じゃないけど)タネなるものを落とす必要があって、そこにはある程度の「作業感」がぼくの中にはあるんだけれども、そこからどんな風に芽が出て育つかはぼく自身わからない。

そのわからない状態で書くのがぼくは好きなのです。

自分でも何を書くかわからない。

わからないから面白い。

 

最近は特に頭の中で文章を書いちゃって、それをそのままブログに書けるくらいにまとめることも多々あるのですが、それを実際に書こうとすると途端につまらなくなる。

それはもうぼくの中で執筆が終わってるからです。

終わってることはやりたくない。

 

でも何かしらのきっかけとなる導入部分を終えて、もし仮に今までまとめてきた何かしらの考えを伝えるモードに入ったときは、ちゃんとそれを書く。

書くべきときに書く。

書けるから書くんじゃなくて、書くべきだと思うときに書く。

書くべきタイミングを待つ(しつこい

そのために普段からいろいろ考えておく。

 

それがぼくの文章の楽しみ方だなーと、ここ最近しみじみ思っていたのでした。

 

どうなるかわからないから面白い。

しかし、もしものとき柔軟に対応できるよう普段から準備をしておく。

 

いまだ誰にも伝えてない考えがいくつか眠っているような気がするのだけれど、タイミングさえ訪れれば自ずと顔を出すことでしょう。

 

だから、のんびり行こうや(ズズズ……あー)。

 

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