好きとか嫌いを語る前に

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5分だけ時間があるので、5分だけ書きます。

 

人は何かと比べてしか何かを判断できない生き物です。

誰よりも、何かよりも、良いのか、悪いのか。

いわゆる判断基準というものが必要で、世界にぼくと君しかいなかったら、ぼくは人間という生き物をぼくと君でしか判断できないから、もし君が最高にイジワルだったらぼくにとって人間はイジワルだし、君が素敵で魅力的な女性だったらぼくにとって人間は美人さん。

 

歌が1曲だけだったら、歌は歌。

何曲かあって、こっちの方がいいとか、こっちの方が悪いとか、悪いとは言わずとも、別に好きでも嫌いでもないになって、ぼく達は少しずつ自分の中での優劣ができるのだと思います。

 

映画も、小説も、漫画も、全部。

 

そこに新しい何かがぼく達の前に現れたとき、ぼく達は知ってるものとでしかそれを判断できないんだ。

だからすぐに「なになにっぽい」とか言っちゃう。

ゆーちゅーぶのコメント欄がそんなコメントで溢れているのをぼくは何度も見てきました。

 

そして、もしそれが「なにかっぽい」と、何かと比べることすらできない、自分にとって理解できないものであったときは「怖いもの」となり、毛嫌いする。

 

そういうのは少し寂しいですから、もしあなたにとって何か知らないものを知ったときは、まずそれが「知ってるもの」「知ってること」になるまで待ってあげてください。

良し悪しの判断はそれからでも遅くはない。

 

「なにかっぽい」と思ったときは、それが何かっぽくなくなるまで待ってあげてください。

それがそれ単体として確立されて、それが一つの判断基準になるように、味わってください。

 

そうやってたくさんのことに触れてください。

 

それでも嫌いなときは、きっと嫌いなのだから、嫌いで良いのです。

でも後々好きになることもあるのだから、一生嫌いになる必要はないんだよ。

 

今は嫌い。

明日は好きかもしらん。

 

点数を付ける必要なんかない。

今は1点。

明日は100点かもしらん。

 

今は正解でも、明日は不正解かもしれない。

昨日の善が、今日は悪かもしれない。

日本で良くても、海外では悪いかもしれないね。

 

そうやって不確実なもの、不安定なもの、答えなんてないことにまみれる中でもいろいろなことに白黒付けたがるぼく達ですが、そんな必要は全然ない。

 

そこにはただ、何者にも判断されていないただそれがあるだけなんだ。

 

だから、のんびり行こうや(ズズズ……あー)。

 

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  1. 2018 01.18

    「うh」

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